有難うを君に
ソープランド
窓を打つ雨の激しい音で目が覚めた。
昨日の晩は冬の星が綺麗に見えていた筈なのに、カーテンの隙間から覗く外は時間の感覚を狂わせるような薄暗闇。
俺は仕方なくベッドから手を伸ばせばギリギリ届く位置にある小さなテーブルに置いてあったスマホを手に取った。
11月7日(月)08:09
「8時か・・・」
テーブルに戻すのも面倒でそのままスマホを枕元に置いた。
「ん、うぅん・・」
掛け布団がもぞもぞと動き、くぐもった声が漏れる。俺の胸に頭を乗せたまま動くから少しくすぐったい。
「なつ、朝だぞ。起きろ」
「うーん・・・」
布団の中で動き始めたかと思ったら、胸の辺りを撫で回すような感触がする。
「おい、お前起きてんだろ?」
再びもぞもぞと掛け布団の中を動く感触があり、俺の目の前の布団が大きく膨らんだかと思うと、ツヤのある真っ黒な髪が出てきた。
「えへへ・・」
「『えへへ』じゃねえよ」
はにかむような笑顔を浮かべ掛け布団から顔を出したのは【綾波菜摘】。歳は俺の5つ下で24歳だが、身長の低さと童顔が相まってヘタをすると10代にも見える。
肩までの揃えられた髪は真っ黒で、丸みのある輪郭をした顔に二重の吸い込まれるような瞳。鼻は高くは無いがマルッとしていて、童顔に拍車をかける。柔らかそうな・・・柔らかい唇は少し厚めで、その左下にある小さなホクロが童顔の中で妙な大人っぽい色気を醸し出している。
「ムラムラする?」
「しない。つか昨日あんだけしたのにまだしたいのかよ?」
「だって気持ち良いんだもん。ね〜しようよ〜」
「してもいいけどもう8時回ってんぞ?」
「え?」
俺の言葉に菜摘は一瞬固まったかと思うと、枕元に置いた俺のスマホを手に取った。
「え〜!何で早く言ってくれないの!?遅刻する!!」
アニメに出てくる緩い感じのヒロインみたいな声で菜摘は叫び布団を跳ね除けながら体を起こした。その拍子に菜摘の手から俺のスマホが宙に舞う。
「おわっ!おまっ!ちょっ!投げんなよ!」
落ちて来たスマホを慌てながらも何とか受け止める。
「怒られる〜!!」
菜摘はバタバタと音を立てて洗面所に駆け込んで行く。すぐにバシャバシャと音がし始めてそれが止むとまたバタバタと出て来る。
「鍵おねがーい!」
そう言いながら鞄を掴んで玄関に向かって走って行く。
「なつ」
その背中に俺は声を掛けた。
「何?」
菜摘は振り返らずに言葉だけで返事をして来た。ここまで慌てた人間を見るのも中々無いなと思いつつ、このまま行かせるのは流石に色々まずい。
「とりあえず服着ろ。露出プレイは俺とだけにしてくれ」
「え?」
昨晩、SEXとゆう名前のコミュニケーションを取りそのまま眠りについたので、当然の様に俺も菜摘も裸だ。露出プレイは嫌いじゃ無いが、罪に問われる行為なので妄想の中でだけにしておこう。
「あ、危なかったぁ!捕まるとこだった!」
菜摘は大きくは無いが形の良い胸を揺らしながら戻って来ると、タンスから下着を取り出し身に付けてクローゼットを開ける。もはや選んでいる余裕もない所為で目の前にあった白のタートルネックに山吹色のロングスカートを乱暴に掴むと、玄関に向かいながらいそいそと頭と足を通した。
「慌てて事故んなよ。いってらっしゃい」
言葉を背中で受けた菜摘が立ち止まる。首を傾げる俺の所まで戻って来ると、そのままの勢いで唇を重ねて来た。
「司、愛してる」
「・・ありがと」
「じゃあ行ってきます!」
そう言うと菜摘は勢いよく玄関を飛び出して行った。バタン!と扉の閉まる音だけがやけに響いた。
綾波菜摘は俺の恋人。
ではない。客観的に見ると1番近いのは『セフレ』とゆう言葉になるだろう。俺は菜摘の事が好きか嫌いかで言えば好きだ。嫌いな女の子とセフレになんてならない。
だが、愛してはいない。『LOVE』か『LIKE』で問われたらLIKEとしか言えない。その事は菜摘も知っているし、それでもいいと言ってくれている。
詰まるところ俺はそんな菜摘の人の良さに甘えているだけだ。
もうすぐ30歳を迎える。三十路と呼ばれるまでもう3か月とちょっとだ。自分で言うのも何だが、モテる方だと思う。今まで彼女が居た事もあったが、『愛していた』かどうか聞かれるとノーだ。
俺が誰かを愛する事はもうない。
それは予想でも、願いでも無く、ただの事実。
「もう、何もいらない・・」
漏れた言葉は誰も居ない部屋に吸い込まれた。
シャワーを浴びて菜摘の部屋を出ると、いつの間にか雨は上がっていた。雲はかかっているが、明るいからもう今日は降らないかも知れない。
近くのコインパーキングに停めてあった車に行ってエンジンをかける。カーナビが起動して【今日は11月7日月曜日です】と、丁寧に教えてくれた。
とりあえず朝飯を食べようと、車を5分程走らせて全国にチェーン展開をしている、牛丼をメインに売っている店に入る。
牛丼屋で肉の一切入っていない、目玉焼きにウインナー、味噌汁にサラダのついた朝定食を食べながら何をしようか考える。
パチンコにでも行こうかと思ったが、週に1度の休みをパチンコに費やすのもなんとなくしゃくで辞めた。
店を出て、店外に置かれた灰皿の所でタバコに火をつける。この時期に外でタバコを吸わなければいけないのは堪える。空いている方の手をダウンジャケットのポケットに突っ込んでスマホを取り出すと9時半を回った所だった。
「さ、どうしようかね」
フィルター近くまで灰になったタバコを灰皿に捨てて車に乗り込む。特にあても無く走る事にして駐車場から車を出した。
大きなスクランブル交差点で赤信号に引っかかり止まると、横断歩道を渡る家族が目に入った。
二十代後半くらいの夫婦が子供を挟む様にして手を繋いでいる。子供は5歳くらいだろうか、3人とも心から幸せそうな笑顔をしていた。
その笑顔を見た瞬間、言いようのない虚無感に襲われて身体の奥からゾワゾワとした感覚がした。
結婚願望ははっきり言って無いし、子供もどちらかと言えばあまり好きな方じゃない。自分の子供はまた違うと聞くが、いないのでわからない。
渡り切った後もその家族を見ていると、信号が青に変わって居たらしく、ナビから前の車が発進した事を知らせるアラームが鳴り、俺は慌ててブレーキから足を離した。
暫く走ると街で1番栄えている繁華街に差しかかり、近くにあったコインパーキングに車を停めた。時計を見て店が開き始める10時を回っているのを見て車を降りる。
街で1番大きな駅と一体化されている大型デパートが見下ろすようにして、立体歩道橋が網の様にはりめぐらされている。その下には、市内のあらゆる方向に向けて出発するバスのターミナルがある。とは言え、元々大きな街ではないので都会と比べると見劣りしてしまう程度の規模だ。
車を停めた駐車場はそんな駅の南側で、2、3分も歩けば駅に着く。デパートにも駐車場はあるが、有料な上に狭い立体駐車場になっているので停めにくく俺はあえて外れに停めて歩く。
駅までの2、3分の道のりの間にも店はある。ただし、雑貨屋や飲食店の様な店では無く、いわゆる【風俗街】と呼ばれる一画だ。もっとも大きくはない街なので、【街】と呼ぶ程の数は無く、ざっと見ても4つか5つ程度並んでいるだけだ。
俺は何となく1番手前の店に目を向けた。同じ様に女の子と遊ぶ店でもスナックやラウンジなどの酒がメインの店には行くが、風俗には行った事がない。
正直に言うと興味が無いわけではない。正確な金額迄は知らないが、イメージではリーズナブルとは言えない金額を払ってまで性欲を処理してもらう。その金額に見合うだけの価値があるからこそ、商売として成り立っているわけだ。その価値がどれ程のものかとゆう興味はある。
しかし、性欲を処理する術があるならば金を出してまで行きたいとは思わない。それが俺が風俗に行かない理由だ。
ちょうど店の前に差し掛かった時、客らしき男が店に入って行くのが見えた。勝手なイメージでこうゆう店は夕方から夜中にかけてしか開いていないのかと思っていたが、どうやら朝も開いているらしい。
通りすがりに見てみるとどうやらどの店も開いているらしく、中には朝6時から開いているらしい店もあった。
そんな朝っぱらから誰が行くんだよ・・・
駅を素通りしてデパートに着く。元々目的があったわけでもないので、適当にブラブラと見て回っり、結局本を2冊買った。
駐車場まで戻る道すがら、駅の中に入ったファストフード店で軽めの昼飯とコーヒーを注文して席に座る。平日の昼下がりだけあって客は多くはなく、俺を含めても10人もいない。
ふと、俺の横を女の子が通り過ぎて、壁際にあるソファー席に座った。店の真ん中辺りのテーブルに座っていた俺と自然に向かい合わせになる。
20代半ばくらい、明るい茶色の髪は肩より少し長く、真ん中より少しずらした位置で分けてある。化粧は薄めで、可愛いとゆうよりは美人と言う方がしっくり来る顔立ちだ。スタイルも細身でモデル体型。
そんな子がハンバーガー2つとポテトにドリンクをトレイに乗せて来たので、俺は思わず見入ってしまう。
あの細い身体の何処に入るのか。
そんな事を考えていると、視線を感じたのか女の子がこちらを向いた。慌てて視線を外したが、多分見ていた事に気付いただろう。何となく気不味くて、俺は意味もなくポケットに手を突っ込んでスマホを取り出して画面を見るフリをした。
特に目的もなく取り出してしまったスマホだったが、ふとある事に思い当たってインターネットを開いた。
検索ワードに【風俗情報サイト】と入力して、検索をタップした。ワードにヒットしたサイトがすぐに表示される。幾つかある中の1番上にあるサイトを開いてみると地域別に検索出来るらしく、俺は自分の住む地域を開いた。
さらに詳細に業種別に検索をかける。驚いた事に一言で風俗と表される中にも数種類あるらしい。正直、俺はデリヘルとソープ、ヘルスぐらいしかわかる名前はなかった。
風俗と言えば王道はソープ。そんな事を何処かで聞いた記憶があり、取り敢えずソープで検索した結果が表示される。
検索結果は8件。
どうやら俺が思っていたよりは数があるらしい。
店名が並んでいるが、当然選ぶ基準がない俺は再度1番上に来ていた【ラビットハウス】とゆう名前の店のページを開いてみた。女の子がバニーガールの格好でお出迎えしてくれるようで、だからラビットハウス。
店のナンバーワンらしき女の子の写真が1番上に大きく載っていて、その下に店のコンセプト。さらに下に今日出勤している女の子の写真が簡単なプロフィールと共に並んでいた。
料金はどうやら選ぶ時間によって違うようで、60分23000円、80分30000円、100分35000円と書いてあった。
「たっか・・」
値段の高さに思わず漏らした俺の後ろを、女の子の2人組が通りかかり、慌ててスマホを死角に隠した。別に悪い事をしているわけではないが、昼下がりのファストフード店で、三十路前の男が1人で風俗情報サイトを見ているのは変な目を向けられかねない。
女の子達が離れて行ったのを確認して、再びスマホに視線を落とす。料金の表示の下に『入会金、指名料別途』と記載してある。
「100分で約4万かよ・・」
ふと、明滅しているバナーが目についた。
【マンデーイベント100分30000円指名料入会金込み※本指名不可】
なるほど。
通常料金は高めで、イベントで割引して客寄せするって事か。とは言え気軽に行ける金額でもないな。
出勤している女の子の写真をザッと見てみると、大袈裟な表現ではなく芸能人並みの綺麗な子ばかり。流石にこの写真を鵜呑みには出来ないが、興味はそそられる。
出勤の女の子の一覧の横に【待機中】や【次回〇〇時〜】などの表記がしてあり、すぐに遊べる女の子が解るようになっていた。
俺は今日出勤している女の子の写真をひと通り見てから、気になった女の子のページに飛んだ。
名前は【ミオン】キャッチコピーは清楚で細身なバニーちゃん、スレンダー好きな俺の好みの子。女の子の詳細ページには更に2枚の写真があって、やはりかなり可愛く映っている。口元を手で隠してあるから顔全体が見えているわけではないが、スタイルは表記の通りかなりスレンダーに見えた。
画面を下にスクロールして行くと紹介文が書いてある。
『顔を見た瞬間、面接官も思わずガッツポーズしてしまいました。
スレンダーなスタイルに、某アイドルグループに居てもおかしくない可愛らしい顔。そして、何より人懐っこい笑顔は男なら誰もが見惚れてしまう事間違い無し!
イチャイチャが大好きなミオンちゃんは恋人の様に・・いや、もしかしたら本物の恋人よりも恋人らしい時間を過ごせるかも!
未経験につき、紳士な対応で優しく可愛いがってあげてください!』
いやいやいや、本物の恋人より恋人らしいってなんやねん。
心の中でエセ関西弁で突っ込んでみた。
その下にはアピールポイントなどのおそらく女の子が質問に答えているであろう項目が7つほど書いてあり、1番下に『未経験なので至らない所もあるかと思いますが、精一杯頑張りますのでミオンと遊んでください』とゆう一言が可愛らしい絵文字と共に添えられていた。
昨日の晩は冬の星が綺麗に見えていた筈なのに、カーテンの隙間から覗く外は時間の感覚を狂わせるような薄暗闇。
俺は仕方なくベッドから手を伸ばせばギリギリ届く位置にある小さなテーブルに置いてあったスマホを手に取った。
11月7日(月)08:09
「8時か・・・」
テーブルに戻すのも面倒でそのままスマホを枕元に置いた。
「ん、うぅん・・」
掛け布団がもぞもぞと動き、くぐもった声が漏れる。俺の胸に頭を乗せたまま動くから少しくすぐったい。
「なつ、朝だぞ。起きろ」
「うーん・・・」
布団の中で動き始めたかと思ったら、胸の辺りを撫で回すような感触がする。
「おい、お前起きてんだろ?」
再びもぞもぞと掛け布団の中を動く感触があり、俺の目の前の布団が大きく膨らんだかと思うと、ツヤのある真っ黒な髪が出てきた。
「えへへ・・」
「『えへへ』じゃねえよ」
はにかむような笑顔を浮かべ掛け布団から顔を出したのは【綾波菜摘】。歳は俺の5つ下で24歳だが、身長の低さと童顔が相まってヘタをすると10代にも見える。
肩までの揃えられた髪は真っ黒で、丸みのある輪郭をした顔に二重の吸い込まれるような瞳。鼻は高くは無いがマルッとしていて、童顔に拍車をかける。柔らかそうな・・・柔らかい唇は少し厚めで、その左下にある小さなホクロが童顔の中で妙な大人っぽい色気を醸し出している。
「ムラムラする?」
「しない。つか昨日あんだけしたのにまだしたいのかよ?」
「だって気持ち良いんだもん。ね〜しようよ〜」
「してもいいけどもう8時回ってんぞ?」
「え?」
俺の言葉に菜摘は一瞬固まったかと思うと、枕元に置いた俺のスマホを手に取った。
「え〜!何で早く言ってくれないの!?遅刻する!!」
アニメに出てくる緩い感じのヒロインみたいな声で菜摘は叫び布団を跳ね除けながら体を起こした。その拍子に菜摘の手から俺のスマホが宙に舞う。
「おわっ!おまっ!ちょっ!投げんなよ!」
落ちて来たスマホを慌てながらも何とか受け止める。
「怒られる〜!!」
菜摘はバタバタと音を立てて洗面所に駆け込んで行く。すぐにバシャバシャと音がし始めてそれが止むとまたバタバタと出て来る。
「鍵おねがーい!」
そう言いながら鞄を掴んで玄関に向かって走って行く。
「なつ」
その背中に俺は声を掛けた。
「何?」
菜摘は振り返らずに言葉だけで返事をして来た。ここまで慌てた人間を見るのも中々無いなと思いつつ、このまま行かせるのは流石に色々まずい。
「とりあえず服着ろ。露出プレイは俺とだけにしてくれ」
「え?」
昨晩、SEXとゆう名前のコミュニケーションを取りそのまま眠りについたので、当然の様に俺も菜摘も裸だ。露出プレイは嫌いじゃ無いが、罪に問われる行為なので妄想の中でだけにしておこう。
「あ、危なかったぁ!捕まるとこだった!」
菜摘は大きくは無いが形の良い胸を揺らしながら戻って来ると、タンスから下着を取り出し身に付けてクローゼットを開ける。もはや選んでいる余裕もない所為で目の前にあった白のタートルネックに山吹色のロングスカートを乱暴に掴むと、玄関に向かいながらいそいそと頭と足を通した。
「慌てて事故んなよ。いってらっしゃい」
言葉を背中で受けた菜摘が立ち止まる。首を傾げる俺の所まで戻って来ると、そのままの勢いで唇を重ねて来た。
「司、愛してる」
「・・ありがと」
「じゃあ行ってきます!」
そう言うと菜摘は勢いよく玄関を飛び出して行った。バタン!と扉の閉まる音だけがやけに響いた。
綾波菜摘は俺の恋人。
ではない。客観的に見ると1番近いのは『セフレ』とゆう言葉になるだろう。俺は菜摘の事が好きか嫌いかで言えば好きだ。嫌いな女の子とセフレになんてならない。
だが、愛してはいない。『LOVE』か『LIKE』で問われたらLIKEとしか言えない。その事は菜摘も知っているし、それでもいいと言ってくれている。
詰まるところ俺はそんな菜摘の人の良さに甘えているだけだ。
もうすぐ30歳を迎える。三十路と呼ばれるまでもう3か月とちょっとだ。自分で言うのも何だが、モテる方だと思う。今まで彼女が居た事もあったが、『愛していた』かどうか聞かれるとノーだ。
俺が誰かを愛する事はもうない。
それは予想でも、願いでも無く、ただの事実。
「もう、何もいらない・・」
漏れた言葉は誰も居ない部屋に吸い込まれた。
シャワーを浴びて菜摘の部屋を出ると、いつの間にか雨は上がっていた。雲はかかっているが、明るいからもう今日は降らないかも知れない。
近くのコインパーキングに停めてあった車に行ってエンジンをかける。カーナビが起動して【今日は11月7日月曜日です】と、丁寧に教えてくれた。
とりあえず朝飯を食べようと、車を5分程走らせて全国にチェーン展開をしている、牛丼をメインに売っている店に入る。
牛丼屋で肉の一切入っていない、目玉焼きにウインナー、味噌汁にサラダのついた朝定食を食べながら何をしようか考える。
パチンコにでも行こうかと思ったが、週に1度の休みをパチンコに費やすのもなんとなくしゃくで辞めた。
店を出て、店外に置かれた灰皿の所でタバコに火をつける。この時期に外でタバコを吸わなければいけないのは堪える。空いている方の手をダウンジャケットのポケットに突っ込んでスマホを取り出すと9時半を回った所だった。
「さ、どうしようかね」
フィルター近くまで灰になったタバコを灰皿に捨てて車に乗り込む。特にあても無く走る事にして駐車場から車を出した。
大きなスクランブル交差点で赤信号に引っかかり止まると、横断歩道を渡る家族が目に入った。
二十代後半くらいの夫婦が子供を挟む様にして手を繋いでいる。子供は5歳くらいだろうか、3人とも心から幸せそうな笑顔をしていた。
その笑顔を見た瞬間、言いようのない虚無感に襲われて身体の奥からゾワゾワとした感覚がした。
結婚願望ははっきり言って無いし、子供もどちらかと言えばあまり好きな方じゃない。自分の子供はまた違うと聞くが、いないのでわからない。
渡り切った後もその家族を見ていると、信号が青に変わって居たらしく、ナビから前の車が発進した事を知らせるアラームが鳴り、俺は慌ててブレーキから足を離した。
暫く走ると街で1番栄えている繁華街に差しかかり、近くにあったコインパーキングに車を停めた。時計を見て店が開き始める10時を回っているのを見て車を降りる。
街で1番大きな駅と一体化されている大型デパートが見下ろすようにして、立体歩道橋が網の様にはりめぐらされている。その下には、市内のあらゆる方向に向けて出発するバスのターミナルがある。とは言え、元々大きな街ではないので都会と比べると見劣りしてしまう程度の規模だ。
車を停めた駐車場はそんな駅の南側で、2、3分も歩けば駅に着く。デパートにも駐車場はあるが、有料な上に狭い立体駐車場になっているので停めにくく俺はあえて外れに停めて歩く。
駅までの2、3分の道のりの間にも店はある。ただし、雑貨屋や飲食店の様な店では無く、いわゆる【風俗街】と呼ばれる一画だ。もっとも大きくはない街なので、【街】と呼ぶ程の数は無く、ざっと見ても4つか5つ程度並んでいるだけだ。
俺は何となく1番手前の店に目を向けた。同じ様に女の子と遊ぶ店でもスナックやラウンジなどの酒がメインの店には行くが、風俗には行った事がない。
正直に言うと興味が無いわけではない。正確な金額迄は知らないが、イメージではリーズナブルとは言えない金額を払ってまで性欲を処理してもらう。その金額に見合うだけの価値があるからこそ、商売として成り立っているわけだ。その価値がどれ程のものかとゆう興味はある。
しかし、性欲を処理する術があるならば金を出してまで行きたいとは思わない。それが俺が風俗に行かない理由だ。
ちょうど店の前に差し掛かった時、客らしき男が店に入って行くのが見えた。勝手なイメージでこうゆう店は夕方から夜中にかけてしか開いていないのかと思っていたが、どうやら朝も開いているらしい。
通りすがりに見てみるとどうやらどの店も開いているらしく、中には朝6時から開いているらしい店もあった。
そんな朝っぱらから誰が行くんだよ・・・
駅を素通りしてデパートに着く。元々目的があったわけでもないので、適当にブラブラと見て回っり、結局本を2冊買った。
駐車場まで戻る道すがら、駅の中に入ったファストフード店で軽めの昼飯とコーヒーを注文して席に座る。平日の昼下がりだけあって客は多くはなく、俺を含めても10人もいない。
ふと、俺の横を女の子が通り過ぎて、壁際にあるソファー席に座った。店の真ん中辺りのテーブルに座っていた俺と自然に向かい合わせになる。
20代半ばくらい、明るい茶色の髪は肩より少し長く、真ん中より少しずらした位置で分けてある。化粧は薄めで、可愛いとゆうよりは美人と言う方がしっくり来る顔立ちだ。スタイルも細身でモデル体型。
そんな子がハンバーガー2つとポテトにドリンクをトレイに乗せて来たので、俺は思わず見入ってしまう。
あの細い身体の何処に入るのか。
そんな事を考えていると、視線を感じたのか女の子がこちらを向いた。慌てて視線を外したが、多分見ていた事に気付いただろう。何となく気不味くて、俺は意味もなくポケットに手を突っ込んでスマホを取り出して画面を見るフリをした。
特に目的もなく取り出してしまったスマホだったが、ふとある事に思い当たってインターネットを開いた。
検索ワードに【風俗情報サイト】と入力して、検索をタップした。ワードにヒットしたサイトがすぐに表示される。幾つかある中の1番上にあるサイトを開いてみると地域別に検索出来るらしく、俺は自分の住む地域を開いた。
さらに詳細に業種別に検索をかける。驚いた事に一言で風俗と表される中にも数種類あるらしい。正直、俺はデリヘルとソープ、ヘルスぐらいしかわかる名前はなかった。
風俗と言えば王道はソープ。そんな事を何処かで聞いた記憶があり、取り敢えずソープで検索した結果が表示される。
検索結果は8件。
どうやら俺が思っていたよりは数があるらしい。
店名が並んでいるが、当然選ぶ基準がない俺は再度1番上に来ていた【ラビットハウス】とゆう名前の店のページを開いてみた。女の子がバニーガールの格好でお出迎えしてくれるようで、だからラビットハウス。
店のナンバーワンらしき女の子の写真が1番上に大きく載っていて、その下に店のコンセプト。さらに下に今日出勤している女の子の写真が簡単なプロフィールと共に並んでいた。
料金はどうやら選ぶ時間によって違うようで、60分23000円、80分30000円、100分35000円と書いてあった。
「たっか・・」
値段の高さに思わず漏らした俺の後ろを、女の子の2人組が通りかかり、慌ててスマホを死角に隠した。別に悪い事をしているわけではないが、昼下がりのファストフード店で、三十路前の男が1人で風俗情報サイトを見ているのは変な目を向けられかねない。
女の子達が離れて行ったのを確認して、再びスマホに視線を落とす。料金の表示の下に『入会金、指名料別途』と記載してある。
「100分で約4万かよ・・」
ふと、明滅しているバナーが目についた。
【マンデーイベント100分30000円指名料入会金込み※本指名不可】
なるほど。
通常料金は高めで、イベントで割引して客寄せするって事か。とは言え気軽に行ける金額でもないな。
出勤している女の子の写真をザッと見てみると、大袈裟な表現ではなく芸能人並みの綺麗な子ばかり。流石にこの写真を鵜呑みには出来ないが、興味はそそられる。
出勤の女の子の一覧の横に【待機中】や【次回〇〇時〜】などの表記がしてあり、すぐに遊べる女の子が解るようになっていた。
俺は今日出勤している女の子の写真をひと通り見てから、気になった女の子のページに飛んだ。
名前は【ミオン】キャッチコピーは清楚で細身なバニーちゃん、スレンダー好きな俺の好みの子。女の子の詳細ページには更に2枚の写真があって、やはりかなり可愛く映っている。口元を手で隠してあるから顔全体が見えているわけではないが、スタイルは表記の通りかなりスレンダーに見えた。
画面を下にスクロールして行くと紹介文が書いてある。
『顔を見た瞬間、面接官も思わずガッツポーズしてしまいました。
スレンダーなスタイルに、某アイドルグループに居てもおかしくない可愛らしい顔。そして、何より人懐っこい笑顔は男なら誰もが見惚れてしまう事間違い無し!
イチャイチャが大好きなミオンちゃんは恋人の様に・・いや、もしかしたら本物の恋人よりも恋人らしい時間を過ごせるかも!
未経験につき、紳士な対応で優しく可愛いがってあげてください!』
いやいやいや、本物の恋人より恋人らしいってなんやねん。
心の中でエセ関西弁で突っ込んでみた。
その下にはアピールポイントなどのおそらく女の子が質問に答えているであろう項目が7つほど書いてあり、1番下に『未経験なので至らない所もあるかと思いますが、精一杯頑張りますのでミオンと遊んでください』とゆう一言が可愛らしい絵文字と共に添えられていた。