有難うを君に
「若いのにしっかりしてんね。俺さ、こうゆう仕事してる子尊敬してるだ」

「尊敬ですか?」

「そ、仮に俺が女だったとして、絶対出来ないと思うから。嫌な客とか絶対顔に出るし」

「ん〜・・でも優しい人多いですよ」

「『多い』って事はそうじゃない客も居るって事やろ?だから俺には無理。自分に出来ない事を出来る人間は尊敬できる」

「・・お兄さん中々目敏いですね。まあ、中にはお説教されたりはありますね『こんな仕事してちゃ駄目だ』とか」

「で、そんな客もする事はきっちりするんやろ?」

「正解です」

ミオンはおかしそうに笑いながら答えた。そんな客を気にして落ち込んだりしているわけではない事がわかる。

「風当たりの多い仕事なのは最初からわかってましたし、気にしても仕方ないですから」

「やっぱ大したもんだよ」

俺の言葉に重なる様にコールが鳴る。俺がフィルターを焼く程短くなったタバコを消して立ち上がるとミオンも同じ様に立ち上がる。

「みんながお兄さんみたいな人だと辞める子も少ないと思うんですけどね」

ハンガーから上着を取り俺の方に広げてくれる。袖に腕を通して鞄を肩に掛けると

「さて行くか。楽しかったよ。ありがとう」

「こちらこそ楽しかったです。ありがとうございます。出て大丈夫か聞くのでちょっと待ってくださいね」

壁に掛かった受話器を取りミオンが受け付け電話をする。

「お客様お上がりです。はい」

受話器を置いたミオンはハグとキスをしてドアを開けた。

「それじゃ」

「はい、また来てくれたら嬉しいです」

俺は言葉に出さず笑いかけてから手を振って、受け付けに続く仕切りのカーテンをくぐった。

「おかえりなさいませ。如何でしたか?」

出たと同時に受け付けのスタッフがにこやかに声をかけてくる。

「楽しかったです」

「それは良かったです。良ければまたお越しください」

終始笑顔のままのスタッフに見送られて俺は店をでた。室内が暖かった所為かやけに寒さを感じて開けたままだった上着のファスナーを上げる。

コインパーキングの料金を支払ってから車に乗り込みエンジンを掛ける。ナビの時計と朱い太陽が夕方を知らせていた。

「なつんとこ行くか・・」

なつのマンション迄の道沿いにあるスーパーに寄って、部屋に着いた頃には当たりは薄暗くなっていた。

なつが帰って来るまで時間がある。

少し小さ目の土鍋を取り出して水と昆布をいれ、買って来た材料を適当な大きさに切り分けてから
鍋に放り込んでいく。一煮立ちしたのを見てから火を止めて蓋を被せた。

つけたテレビはニュースしか流れてなく、一周させてから電源を切る。暇を持てあましスマホを手にして、昼間見ていたサイトを開いた。

ミオンのところを見ると【現在待機中】と書いてあり、その横に小さく【更新】と付いている。ふと思い当たって日記を開いて見ると『100分パネル指名のお兄さん』とタイトルが目に入ってタップする。

『100分パネル指名のお兄さん

 先程はミオンと遊んでくれてありがとうございます(笑顔)

 初めてのソープでミオンを選んでくれて嬉しかったです(ハート)

 凄く優しくて話しもとても面白くて、100分なのにあっと言う間だったね(びっくり)

 今回はダメだったけど、次は2回戦リベンジしましょうね!

 また会えるの楽しみにしてます(チュッ) 』

絵文字をふんだんに使ったその日記が営業的に見えるのは俺が捻くれているからか、その意図を正確に捉えたのかはわからないが人によっては嬉しいものかも知れない。

そんな事を考えていると玄関の方から鍵を開ける音が聞こえて来て、すぐにドアが開く気配がする。

「ただいま〜。司居るの?」

「ああ、お疲れさん」

俺の返事にナツの走る音が被さったかと思うと、すぐにナツが姿を見せて勢いのまま俺に抱きついて来る。押し倒される形にソファーに倒れ込んだ。

「お、おい、何だよ?」

「だって仕事から帰って来て司が居るなんて中々無いんだも・・ん?」

笑顔で喋り始めたナツの声は語尾に向かって小さくなっていき、最後には疑問系になって消えた。

「ん?どうかしたか?」

「・・女の匂いがする」

「敏感だな、ソープ行ってきた」

「なんだ、ソープか」

安心したのかナツはそのまま俺の胸に顔を埋める。女の子特有の甘い匂いが鼻をくすぐった。

「なんだってそれだけか?他の女としてきたんだぞ?」

「だってソープってお金払ってするとこでしょ?司がセックスそんなに好きじゃ無いの知ってるし、大方どんな所か興味本位で行ったんでしょ」

「お前はエスパーかよ。当たってるけど見透かされてるのは釈然としないな」

「嫌じゃないって言えば嘘になるけど、そこまで気にはしないかな。そもそも私は司の彼女じゃなしどうこう言う権利も無いしね」

俺に嫌われないように気を遣っての言葉なら楽なのに、ナツが本心で言っているのがわかる。俺を独占したいわけでも縛りたいわけでもなく、ただ純粋に側に居たい。

「ほんと変わってるよな・・」

「そうかな?まあいいじゃん。で、どうだったの?」

「どうだったって?」

「ソープだよ。楽しかった?」

「うーん・・楽しくなかったわけじゃないけど正直微妙な所かな。金額を考えるとハマるってのは考えにくいし、値段相応に女の子の技術が高いって感じでもなかったしな」

「へ〜そうなんだ。ハマる人ってモテなくてそうゆう所でしか相手にされない人なんじゃない?」

「結構ハッキリ言うな。まあ、それもなくは無いとは思うけど、それだけでも無い気がするんだよな。需要があるから商売として成りなってるわけだから、いくらなんでもモテない男しか行かないって事はないだろ」

そう、楽しくなかったわけじゃないが、値段相応の物を得られたとは思えない。にも関わらず通う人間が居るのなら、きっとその『理由』がある筈だ。だから

「よし!ちょっと納得出来るまで行ってみるわ」

「えぇ!?辞めなよ、お金もったいないよ!ああゆう所って高いんでしょ?」

「時間に寄るけど2万から4万ってとこだな」

「高っ!!!もったいないよ!」

「まあ出来る範囲で行くから心配するな」

「いやいや、心配するよ!だって物を買うわけじゃないから何も残らないんだよ?」

「目に見える物は残らないけど、心に残る物はあるかも知れないだろ」

「何ちょっといい事言ったみたいな顔してんの!?全然いい事言ってないからね!?」

ドヤ顔をしていた俺にナツが溜め息を吐いた。

「はぁ・・どうせ私が言っても聞かないんだろうし、司の事だから節度はちゃんと守るとは思うけど、本当に程々にね」

「あぁ、わかってるって」

とにかく納得のいくまで俺はソープに通う事にした。




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