有難うを君に
じゅり
秘書カンパニーに初めて行った日から数日が経ち、その間に3度別の女の子と会ったが結果的にゆりなが1番良かった。

どの子も他の店に比べるとサービスもルックスもかなり高い水準だったが、また会いたいと思う事はなくそろそろ潮時かと考え始めていた。

ソープに価値を見出せないの心残りだったが、価値観は人それぞれで俺にはわからない価値観だったと諦めるしかない。

最後にしようと決めた11月27日の月曜日。

サイトを開いてみたがこれと言って気になる子はおらず、今までは写真やプロフィールを見て指名してきたが、最後は運まかせでフリーで入ってみる事にした。

受け付けを済ませるといつも通りのアンケートを書き、待合室で待つ様に言われた。待っている間にサイトでどんな女の子か見てみようかと思っていたが、どうやら会うまでどの子か教えてもらえないらしい。

情報が一切ないとゆうのは思ったより緊張するらしい。いつもよりソワソワする。

会員番号を呼ばれて、マウスウォッシュをしてから一段一段踏み締めるようにして階段を登る。

折り返しになっている踊り場で方向転換をして少し視線を上げた。

「初めまして、じゅりです」

「初めまして、よろしく」

身長は多分160半ば、服の上からでも豊かさがわかる胸、それでいてウエストは細くてタイトスカートからはすらっとした脚が伸びていた。

明るいストレートの茶髪は真ん中から少しずらした位置で分けていて、肩の辺りまである。

じゅりが両手を広げたの見て、俺は一歩近づくとその華奢な腰に手を回す。ヒールを履いている所為で身長差はほとんど無く、吸い寄せられようにキスをした。

柔らかい感触は離れるのを躊躇わせたが、いつまでも階段で抱き合っているわけにもいかず、じゅりに手を引かれて扉の開けてあった部屋に入った。

いつもの様に荷物を籠に入れると、じゅりが上着を脱がせてくれてハンガーに掛けた。

「座ってええよ」

「ん?関西?」

独特のイントネーションの言葉は関西訛りで、ルックスと少しアンバランスさを感じる。

立ったまま待っていた俺はじゅりに言われて椅子に座った。椅子の前にタオルを敷いてじゅりが俺の前に正座する形になる。

「そうやで、大阪」

関西弁でそう返すじゅりを見下ろしているとふと既視感に囚われた。

「俺も昔大阪に住んでたよ、市内ではないけど」

どこで会ったのか思い出せない。俺が大阪に住んでいたのは10年以上前だからその線はない。

「そうなんや!何処に住んでたん?」

「堺よ、まあもう10年以上前やけどね」

「堺かぁ、私は市内やから会った事無いやろな」

「いやいや、会った事あってもまだじゅりは幼稚園とかやろ」

「それもそやな、わからへんか」

じゅりは笑いながら膝立ちになると俺の服に手を掛けた。綺麗な顔が目の前に来た時、唐突に頭の中に浮かんだ。

「あ、思い出した。こないだ駅の中のファストフードにいたやろ?」

そう、じゅりは俺がソープに初めて行ったあの日にハンバーガーを2つ食べていたあの女の子だった。

「え?あそこはたまに行くけど何で知ってんの?」

「たまたま俺の真向かいの席に座ったんだよ」

「ほんまに?全然覚えてへんわ」

「まあ話したわけじゃないし、俺は美人で細いのによく食べるなって思ったから覚えてただけだし」

「だってお腹空いてたんやもん!」

じゅりは拗ねるように顔を背けて『ふんっ』と鼻を鳴らした。

「面白い子、気に入った」

「なによ、何もおもろい事してへんやん」

「いいのいいの、俺が楽しいから」

「なんやのそれ」

「さて、風呂行こうか」

丁寧に身体を洗ってもらってから、一緒に湯船に浸かった。

その間も他愛のない話で笑い、たまにじゅりが『ふんっ』と鼻を鳴らして、それを見ながら俺はにやにやしていた。

風呂から上がり、デスクやベッドでイチャイチャした後2人で横になって雑談をした。

一言で表すなら等身大の女の子。

飾るわけでもなく、媚びるわけでもなくありのままで話して笑って拗ねて。それは今迄に遊んだ女の子達には無かったもので居心地が良かった。

シャワーを浴びて服を着ている時に5分前のコールが鳴る。

「え〜!早いわ!イヤや!」

じゅりが駄々をこねる子供の様に頬を膨らませなが言った。

「いやいや、たしかに早いけど仕方ないやろ」

「む〜!」

「また近い内に来るから待っててな」

また会いたいと素直に思えて、考える事もなく俺は自然とそう言っていた。部屋を出てから階段を降りる前にキスをしてからお互いに『じゃあ、また』と言って別れた。

帰り際に渡されたアンケートは100点満点の点数に10万点と書いてスタッフに渡した。

来た時には晴れていた空はいつの間にか分厚い雲が掛かっていて、まだ昼前なのにどんよりとしていたが俺は今までで1番清々しい気持ちで家路に着いた。





「よっ!ちゃんと覚えてる?」

階段の折り返しから見上げながら言う俺にじゅりは首を傾げながら見下ろした。

「覚えてるわ!来たの一昨日やん!これで覚えてへんかったら自分の記憶力に絶望してるわ!」

「そりゃそうだ」

笑いながら階段を上がり抱き締めてキスをする。たったそれだけの事で何かが満たされて行く気がした。

「俺の人生で初めての本指名だから喜んでいいよ」

部屋に入って荷物を籠に入れながら言うと、じゅりは澄まし顔で

「そんなん私なんやから当たり前や」

と言ってから笑顔を見せた。

表情、仕草、口調も何もかもが可愛くて思わず顔がにやけた。ナツに見られたらなんて言われるだろう?

「そう言えば前に来た時も思ったんだけど、じゅりってタメ口やな」

「苦手やねん、敬語やなくて、こう・・なんてゆうか取り繕って話しするのが」

「まあ俺もじゅりが素で接客してるとこが気に入ってるから全然その方がいいんやけどな」

「前に作って接客してた事あってんけど、それで本指してもらっても結局ボロが出て離れて行ってん、せやったらもう素のまんまで気に入って貰える人だけでええかなって」

「それでいいと思うよ。作って接客されてたら俺は今日ここに来てないと思うし」

「ありがとう。それに作って接客してても私自身疲れるし楽しないしな」

「楽しいに越した事ないしな」

「そうそう、まあお陰でアンケート散々書かれた事もあんねんけどな」

言葉の内容とは裏腹にじゅりの表情は全く陰りもなく、むしろ微笑みを浮かべていた。

前回と同じ様に雑談をしながら一緒に風呂に入ってからあがる。

「あ、バスタオル取ってくれへん?」

先に部屋の方に戻ったじゅりが俺にそう言った。

「こらこら、それ客に言ったらダメだろ」

「ええやんバスタオルくらい取ってくれても!」

笑いながらバスタオルを渡す俺にじゅりが頬を膨らませながら言う。

どう考えてもお手本の様な接客ではないのに堪らなく居心地がいい。血の繋がった家族にすら気を遣う俺がじゅりに殆ど気を遣ってない事が自分でも不思議だった。




ベッドに座って2人でタバコを吸っていると、15分前のコールが鳴った。前回より長い時間で入ってもやっぱり早いと感じるのは、それだけじゅりとの時間を俺が楽しいと思っているからなんだろう。

「早い!なんも聞こえへん!」

耳に手を当てて塞ぎながらじゅりがそんな微笑ましい事を言ってくれる。

前回と合わせてもじゅりと過ごした時間はたった3時間しかない。それはきっと他人を知るには短過ぎる時間で、俺が自分の抱いている感情を認めるにはさらに短過ぎる時間だった。

「時間長くしてもやっぱり早いよな。まあ仕方ない、また来るわ」

風呂に入り服を着てから部屋を出て、階段の迄行くといつもの様にじゅりを抱き締める。身体を離そうとした時、耳元で囁くようにじゅりの声がした。

「幸せ?」

完全な不意打だった。

自由を絵に描いたような性格で、人からの評価なんて露程にも気にしていないと思っていた。そんなじゅりからのたった4文字の問い掛け。

「・・めちゃめちゃ幸せ」

身体を離したじゅりはニヘラッと笑って

「ほんならまたな」

と言った。

アンケートを満点にして、スタッフから笑顔で見送られて店を出た。仕事終わりで行った所為で既に日付けは変わってしまっている。

スマホを見てみるとナツからのメッセージがはいっていた。

『今日来る?』

時間が時間なので一瞬やめようかと思ったが

『今から行くわ』

と、一言返してスマホをポケットに突っ込んだ。




「ただいま」

「おかえり。遅かったね、秘書行ってたの?」

玄関まで出迎えてくれたナツは既にパジャマ姿で少し髪が湿っていた。

「ああ、ちょっと気に入った子が居て初めて本指名して来た」

「へ〜、どんな子」

リビングのソファーに座りながら答えた俺に、ナツは冷蔵庫からビールを取り出して来てグラスと一緒に差し出した。

「ん〜・・一言で言うなら変わってるかな」

「変わってるってどんな感じ?」

「ちょっとナツに似てるかも、考え方とか。作ってなくて素のまんまで接客してる・・様に見える。まあ実際のとこはわからないけどな」

「司は私が変わってるって言いたいんだ?」

「え?変わってる自覚なかった?」

「それは・・まああるけど」

苦笑いを浮かべるナツに笑いながら俺はビールのプルトップを引き上げた。プシュッと炭酸が抜ける音と共にビールの匂いが鼻につく。

「うまっ!」

一口飲んでからグラスをナツに渡すと、ナツもビールを喉に流し込んで何とも言えない顔をした。

「なんてゆうか、一緒に居てめちゃめちゃ居心地がいいんよな、気を遣わないってゆうか」

「司が気を遣わないって珍しいね」

「ナツにも気は遣ってないぞ」

「ま、そうゆう事にしとく」

意味深な表情でそう言ってビールをテーブルに置くと、ナツが俺の肩に頭を乗せた。シャンプーの少し甘い香りが俺の鼻をくすぐり、無意識にその華奢な身体に腕を回した。

「・・・どうしたの?」

少し驚いた顔をナツが向けて来たが、それには何も応えずに唇を重ね、そのまま縺れるようにソファーに倒れ込んだ。





やがて年が明けて、新年を迎えた。

相変わらず俺はじゅりに会いに行き続けていて、もう何回会ったかも定かでは無い。

「ほんまにええの?」

じゅりにしては珍しく少し遠慮がちに眉を下げる。

「俺がしたくてするんやから気にせんでええよ。せっかくの誕生日なんだし、ちょっとぐらい特別な事してあげたいし」

年明け早々に迎えるじゅりの誕生日に、俺は外出デートを提案した。大阪から不定期に出勤するじゅりは仕事に来ているので、当然観光などする事はないだろうと予想しての事だった。

その予想は外れず、この店に来て1年以上経っているが観光はした事がないらしい。

「でも、6時間以上取らなあかんねんで?」

「独身貴族の経済力舐めんなよ?大丈夫やって」

じゅりが気にしているように、店外に出掛けるには6時間以上連続で取らなければならない。しかも、100分の割引きコースなどは使えず、純粋に60分掛ける6の料金になるため割高だ。

「ほんまにありがと。こんな私を好いてくれて」

「ありがとうはこっちの台詞。じゅりに出会えて良かった」

ルックスは美人だが正直好みではないし、ソープ嬢として王道の接客でもない、でも、そんな事は些細な事だった。

くだらない話で笑って、抱き合って、たまに文句を言ってみたり。それでまた笑う。

何も特別じゃなくて、当たり前の事で気持ちが満たされて行く、そんな心地良さはナツとの時間とはまた違うものだった。

「ほんなら予定とか立てるのに連絡先交換しとこ」

じゅりがデスクの引き出しからスマホを取り出しながら言う。

「いいの?」

「かまへんよ、誰にでも教えてるわけちゃうからな」

こんな言葉に高揚してしまう自分に思わず笑いが込み上げて来る。中学生じゃあるまいし。

「じゃあ遠慮なく」

連絡先を交換したところで15分前のコールが鳴って、2人で少しゆっくり目に風呂に入った。上がってから服を着替えている時に5分前のコールが鳴り、じゅりが『うるさい!』と可愛く言って口を尖らせるのを見て俺は微笑んだ。

「じゃあ来週の月曜日、13日に取るから」

「うん、わかった。ほんまありがとうな」

部屋を出て階段の前で軽く触れるだけのキスをしてから別れた。

それから数日が経ち、じゅりの誕生日が明後日に迫った日だった。

丁度午前中の仕事が終わり、休憩に入った時にマナーモードにしていたスマホが震えて着信を知らせてくる。ディスプレイに表示された名前は大阪に居た時の友人のもので、その名前を見た瞬間背中を何かが這い上がった気がした。

壁に掛けてあるカレンダーに目が行く。

「・・・もしもし」

「私だけど」

1年振りに聴いたその声は、1年前と同じ声なのに全く違う声に聴こえた。

「どうゆうつもり?」

怒気を孕んだ声音は15年振りの

【あの日】

と同じ声だった。







「何で来てんの?」

階段の踊り場で身体の向きを変えて目が合った俺にじゅりは不思議そうに言った。

その疑問も当然だ。既に明後日のじゅりの誕生日に6時間の予約を取ってある。なのに、何で今日来たのか、じゅりはそう言っているのだ。

「何でって会いたくなったからに決まってるやん」

いつも通りの軽口で帰しながら残りの数段の階段を上がる。

じゅりはハグもキスもせずに俺の手を取って部屋に入った。

俺が鞄を置いてから上着を脱ぐと、じゅりがそれをハンガーに掛けて俺の方に向き直った。

「どないしたん?」

「どうって、何が?」

「何がやあらへんよ、そんな顔して何もないとか信じられへんし」

「そんな顔って・・・ポーカーフェイスには自信あったんだけどな」

「それ勘違いやから気を付けた方がええで」

俺は苦笑いを返してから、大きく息をひとつ吐き出した。

「前に大阪に住んでたって言ったやろ?中2の冬まで大阪におったんやけど」

それは遠い昔の話、半生前のガキの頃の話。

だからこそ純粋だった頃の話。



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