にじいろの向こう側




「…ほんとに登山じゃん。しかも、結構な寒さですけど。」

「……。」


都心から電車に揺られること一時間ほどで、バスに乗り換える。
バス停を降りて山道から少し歩いた所で瑞稀様がぶつぶつと言い出した。


「たまには歩かないと、足が棒になっちゃいますよ。」
「はいはい。」


それでも荷物を持ったままなんだかんだ着いて来てくれる。


「…もうすぐですから。」


いつもお忙しい瑞稀様に、こんな坂道を歩かせて申し訳ないとは思っている。けれど、どうしても来たかったから、ここは。

いつか…瑞稀様と。


「ここです。」


古びた大きな門の前に立ったら、瑞稀様の目が見開いた。



急勾配でくねくねとしてる道の脇には沢山の桜の木。


それがここ全体を薄桃色と新緑で染めている。



そんな……霊園。



「ここ……。」
「はい。私の父と母が眠る場所です。」


かなりの奥地だから、殆ど人は通らないこの場所。



「どの季節も景色が素敵なんです。
この時期は、桜の花に新緑が混じるし…夏は緑が鮮やかで。その寒さから、紅葉も凄く綺麗だし…春先は、お花が咲いてから雪が降ったりするんですよ?花弁と雪が一緒に舞うのがまた綺麗で。」

「……。」


立ち尽くして無言のまま私を見てる瑞稀様に少しだけ過った不安。


…私の両親のお墓参りなんて嫌か、やっぱり。


「あ、あの…私お参りしてきちゃうんで、ここで待っててくださってても。」

「…何でだよ。」

「だ、だって…。」

「ここまで来させといて、墓参り出来ないって虚し過ぎるでしょ。」


スタスタと私を追い抜かすと一度振り返る。


「ほら、どこ?お父さんとお母さんが居るとこ。」


そう言って微笑んだ。



お墓の前で


「お父さん、お母さん…この方、今のご主人様だよ。とても良くして下さっているの。」


そう話しかけたら、瑞稀様はフウと溜息をつく。


「咲月、俺にもお参りさせて」
「え?」
「いいから。」


そのまましゃがみ込むと、手を合わせて目を閉じた。



「……。」


サアアア…っと風が吹き、フワリと瑞稀様の柔らかい髪を少し舞い上げる。そこに桜の花びらが優しく降ってくる。


随分…長い…な。
なんの前触れもなく連れてきたのに、こんなに丁寧にお参りしてくれるなんて、やっぱり瑞稀様は優しい…。


そんな事を思いながら見守っていたら、顔を上げて一度お墓に目を向けてから、スッと立ち上がった。



「…行こっか。」

「え?あ、はい…あの、瑞稀様。」


スタスタと歩いて行く背中を追いかけて横に並んだら


「お参りして下さってありがとうございます。」


ポンって乗っかる掌。


「今日はその呼び方禁止って言わなかった?」

「あ…す、すみません。」


「頼みますよ、咲月“さん”」と笑いながらまた歩き出す。



何をお考えになっていたんだろう…お参りしている間。


「あの…。」

「で?この後はどこ連れてってくれんの?」


聞こうとしたらそれを遮る様に瑞稀様が口を開いた。


「えっと…。」

「…まさか決めてないの?この大荷物で」

「や、そんな事はないですけど…。」

「じゃあほら、とっとと行くよ!」


また足早に林道を降りて行く。


…聞くのは無理そうだな。


その足に追いつこうって少し歩を早めた。


「…あのお墓に母がした理由はあそこの景色の事もあったんだと思うんですけど、実はこの近くの広場がお気に入りだったんです、母が。」


少し林道を降りた所から、再び入った砂利道。そこを少し歩いたら一気に景色が開けた。


「へえ…」


街を見下ろせる様な形の広場はなだらかな坂が全て芝生になっていて。天気が比較的良かったせいか、家族連れやカップル達が少し見受けられた。


「特等席に行きましょう!」



そう言って展望台の横の芝生に持って来たレジャーシートを広げる。


「少し早いですが、ここで休憩して、お昼を食べて行きませんか?」


私の言葉に瑞稀様は眉を下げる。


「成る程ね、それでリュック…ですか。」

「ピクニックは荷物が多いですから。ほら、お昼の前にやりませんか?」


リュックからフリスビーを出して見せたら、ふはっと笑う。
春風にその柔らかな猫っ毛の髪が揺れた。


「準備良過ぎでしょ」

「私、凄い得意ですよ、負けません」


瑞稀様の手がフリスビーを私の手からするりと抜き取る。


「言ったね?じゃあ負けたら罰ゲームだよ。負けた方が勝った方の言う事一個聞くって事で。言っとくけど、俺こう言う時手加減しないからね?」


そのままフリスビーを空に向かって投げ上げた。



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