にじいろの向こう側







キャップで顔を覆って寝転んだ咲月の太腿。頭に伝わって来るその感触が、春の柔らかい風に相俟って心地良くて瞼を閉じた。


…このタイミングで墓参り出来たのってやっぱ運命なのかな。


普段、あんまりそう言うの信じない方だけど、今回ばかりは『導かれた』んじゃないかって思った。



探偵の調査結果を圭介から聞かされて2ヶ月。
咲月と出会って、付き合い始めてもう半年以上が経ってる。


人生の長さを考えたらそんな時間、ほんの一部に過ぎないけど、俺にはこの上なく濃くて必要な時間だったから。


それは、『大学生の時の話』を少しだけした瞬間にも強く実感させられた。


「圭介さんと涼太さんとですか?」

そう笑う咲月に瞬時に浮かんだ、“あの人”の顔。


…だけど。
あの二人が咲月に話をするわけないってロクに動揺もしないですぐに判断した自分がいて。

そもそも、俺も簡単に大学生の時の話を口にしてんじゃんて。

長年背負ってたはずの痛みみたいなものは、ただの「そんな時もあったな」と苦味のある過去にいつの間にか変わってたんだと実感しただけ。


俺の不思議な反応にきょとんと首を傾げている咲月。

その顔が可愛くて、『弾みでした誤解がラッキーだった』なんて思った自分に、思わず苦笑い。


“あの人”の事なんて思い出した所でもう何とも思わないんだよな。
俺の頭ん中、悔しい位に咲月でいっぱい。

まさか、自分がこんなになるなんて想像もつかなかったわ。


咲月の両親に手を合わせて無意識に語りかけた事。


“咲月を生んでくれてありがとうございます”

“祖父のした事を許して貰えるとは思っていませんが、俺は俺で、最後の最後まで、彼女を守ります”


“あの件”についての結論なんて、出てんだよね、とっくに。
ただ、『恐さ』で前に進めないだけ。



深く息を吐き出したらまた春の風が柔らかく俺達を包み込んでくれて、時の流れを留めてくれてるような感覚を味わった。


何か、今まで生きて来た中で一番贅沢してるかも、今日。


このまま…ずっといたい、咲月と。


夢見心地になりながら、だいぶゆっくり過ごした広場を後にして



そこからまたバスに乗って戻った街中。咲月に案内されて行った場所は古びた商店街を入って行った所の小さな一軒家で


「今日はここでお夕飯にしませんか?」


小さなドアを開けた途端に


「咲月ちゃん!待ってたわよ!」



少しふくよかな白髪まじりの女性が目を輝かせた。


「おばちゃん、こんにちは。」

「また来てくれて嬉しいわ~」



ケタケタと笑うその人が、少し後ろに居る俺に目をやる。


「あ…この方は…。」

「谷村瑞稀です。初めまして」


“今働いてる屋敷のご主人様”と紹介されるのが何となく嫌で、思わず早口で自己紹介。


「やだ!もしかして彼氏?!」

「あ…えっと…はい。」


口ごもりながら笑って答える咲月の背中を

「やるわね~!イケメン彼氏!」ってバシバシ叩いてるその人。


…どことなく坂本さんに似てる?
そっか、咲月はこのタイプに好かれ易いんだね。


顔を赤くして愛想笑いしてるのに思わず口元隠して笑ったら、咲月はバツが悪そうに俺を見て「座りましょうか」と促した。


「おばちゃん、あれ、作れますか?」

「もちろん!連絡くれたから、ちゃんと材料揃えられたもの。」


そう言ってその人は奥の厨房に入って行く。


「咲月さん、『アレ』って…。」


今度は咲月が含み笑い。


「出てくれば分かります。」

「ふ~ん…。」



水飲んで、店内をくるりと見渡す。

こじんまりとした店の中はテーブルが6個あって。
木枠のカウンターの向こう側に広がるキッチン。

そこから、ジューって音がしてきて、良い香りが漂って来た。


この匂い…。


「…ハンバーグ?」
「出て来たら分かります。」


テーブルが小さくて、近くのせいか、クスクス笑う咲月が何だか凄く楽しそうに見える。


「咲月、ここよく来てたの?」

「そうですね。割と…今もお休みの時はたまにご飯を食べに来ています。」

「一人で?」

「…智樹さんは来た事無いです」

「や、だからそれは聞いてないから。」


眉を下げた俺をまた可笑しそうに笑う。

ほんと、今日の咲月はよく笑ってるよね…。


ピクニック行って、こうやって顔なじみの店で飯食って、お喋りして…。


きっと仕事を離れたら、そう言う日常を過ごしてんだね、咲月は。




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