にじいろの向こう側






「ねえ、咲月…さ。」
「はい」
「今日と、この前とどっちが楽しかった?」


何となく答えが分かってて、だけど、聞きたくなった質問。


「どっちが…?」
「ほら、先週も俺と飯食いに行ったでしょ?夜。」


咲月は不意の俺の質問にきょとんとして目を瞬かせる。


「えっと…どちらも…」

「ほんとに?」


思わず目の前のメニュー表に目を落として、目を逸らした。
自分で質問しておいて、咲月を直視出来ないってね。情けないわ、俺。


「確かにこの間は緊張はしましたし…というか、気が付いたら車の中に戻って来てるって感じでしたけど。」

「じゃあ、楽しかったかなんてわかんないじゃん。」

「楽しかった…ですよ?この間だって。」

「や、だって覚えてないって…。」


自嘲気味に笑う俺からメニューをスッと抜き取った。


「楽しいです。瑞稀様と居る時はいつだって。」


見上げたその顔は、あの控えめな微笑み。


俺が好きでしょうがない、咲月の笑顔。


「出来たわよ~!」


一瞬出来た間に、快活な声が入り込んだ。


「…うわ。」


思わず目を見開いた。
目の前に置かれたのは、湯気を纏いこの上なく良い匂いのする更に乗った、やたらデカイ、ハンバーガー。


「これ、このお店の裏メニューなんです。」

「と言うより、咲月ちゃん専用ね!ハンバーガーが大好きだから、作ってあげたくてね~。」


そう言いながら、またキッチンへと消えて行く女主人。


「…これ、食べるの大変そうだね。」

「ニューヨークでハンバーガーお召し上がりになりませんか?」

「あ~…うん。こう言うデカイものはね。」


つか、そももそも、ニューヨークは会議で行く事が多いから、ほぼ食事しないもんな…


父さん達と夕飯食う時もほぼ俺は酒だけだし。


ナイフとフォークを立てた俺を「ダメ!」と制する咲月。


「ハンバーガーですよ?手で持って、大きな口開けて食べなきゃ!」


そう言って無理矢理ハンバーガーを俺に持たせる


「…顎、外れそうなんだけど。」

「大丈夫です!はめてあげますから。外れたら」


や…そこは『外れませんから』って言って欲しいんだけど。


人生初の体験に、正直尻込みしてるけど、目の前では、もの凄い目を輝かせて息を飲む様に真剣に俺の一口目を待っている。

これ…もうやるしかないか。


人生初の、大口開けてハンバーガー。


俺が口を大きくあけたら咲月の口が目の前で一緒に大きく開いた。


「ぶっ!」

「え?」

「ちょっと、咲月。やめてよ。食べらんないじゃん。」


笑った俺を首を傾げて眉間にしわ寄せてジッと見てる。


無意識って…。


緩みかけた頬をそのままに再び大きく開けたらまたつられて開く咲月の口。


なのに、顔は真剣そのもので。


何か、その絵面が可笑しくて、可愛くて、このまま、何度か繰り返してもいいんじゃないかって思ったけど


まあ、そんな事してたら、ハンバーガー崩れそうだし、咲月に怒られそうだしね。

込み上げる笑いを堪えてかぶりついた。


「ど、どうですか…?」

「うん、美味い。」


俺の感想に「良かった」と安堵の表情で笑う。


「咲月も食べなよ。」
「はい。いただきます」


咲月が大口開けるのを真正面で今度は俺が真似て口を開ける。


「ぶっ!」


同じ様に吹き出す咲月。


「な、何を…するんですか。」

「や、咲月さんがさっきやってた事そっくりそのまま真似しただけですけど」


「はい食べて」って促して、口を開けたら、俺もまた開ける。


「瑞稀…さん!」

「お、偉いじゃん。『さん』付け。」


含み笑いしながら褒めた俺に咲月の口がムスッと尖った。


『楽しいです。瑞稀様と居る時はいつだって』


…言われてみれば愚問だったかも。


俺も咲月と時間を共有してる時はいつだって楽しい


寂しいとか、焦れったいとか…。


何かしらそこに負の感情が混ざり合っていたとしたって


『楽しい』っていうのは普遍なのかもしれない。


俺は、咲月が居ればそれだけで満たされるから。








「また来てくださいね」



女主人に見送られて出た店
商店街の中を少し歩いてたら、見つけた小さな古びたゲームセンター。


その入り口に置いてあったユーフォーキャッチャー


「…咲月、あれ、取ろうか」


提案した俺に少し首を傾げる咲月


…何年ぶりだろう、UFOキャッチャーなんて。


「で、出来るんですか?」

「あ、馬鹿にしたね?これでも結構得意だよ?」


コインを入れて、動き始めたクレーンを操作する。

すごい初期の形だな、これ。


「…際限なくやらないで下さいね。」
「大丈夫、一発だって、こんなの」

…と、言っていたはずなのに。


「はい、穫れた。あげる。」
「……。」


複雑そうにしている咲月に苦笑い。
結局一発で穫れなくて10回以上はやったもんね。


こいつ、以外とぐにゃぐにゃしてて取りにくかったし。
もう、最後は意地だよ、意地。


「そんなに頑張って取らなくても…。」


だって…さ、ついね?取りたくなっちゃったんだよ。


このほっぺた横開きになって、のペーって寝てるパンダ。


「…寝顔そっくり。」


咲月に持たせて、にやけた俺に咲月の目が一瞬見開いた。


「ほら、行くよ。遅くなると圭介が心配するから。」
「…それ、私の手じゃなくて、パンダの手です。」
「あら、間違えた。」


ムスッとした咲月の手を今度はちゃんと握る。


「咲月、今日、一緒に寝る?」

「…パンダを一晩お貸し致します。」


そのまま指が絡めたら、ギュって握り返されて。
それだけの事で気持ちがこの上なく高揚する。


…やっぱり、無理だよね、この人を手放すのは。


不意に湿り気の多い風が頬を掠めて、見上げたら、少しだけ雲が夜空を覆い始めてた。


これから自分がしようとしてる事が本当に正しいのかなんて分からない。

だけど、今は願うしかない。


どうか…咲月がこの先もずっと、笑ってくれてます様に…


できれば


俺の隣で、と。






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