にじいろの向こう側
変動
.



智樹さんが海外へ旅立ったらしいと圭介さんから耳にした5月末。



ここの所続いていた雨模様を一蹴するように晴れ渡った空を見上げていたら、飛行機が一機、過ぎ去って行った。



…智樹さん、どうか、どこに居てもお元気で。
いつか智樹さんに会える時の為に、私、ちゃんと笑顔でいますね。


久しぶりに外に干す洗濯物が風に揺れて、何となく気分まで晴れ渡る


…6月に入ったら、瑞稀様のお誕生日があるな。


何かプレゼントとかあげようかな。


…そういえば、本来誕生日って何かやってるのかな?谷村家は。

お正月さえ、特に盛大にもせず、質素に過ごす位だからな…。


そんな事を考えてたら、ポケットでスマホが揺れた。


『旦那様と奥様が明日お戻りになります。打ち合わせをするので、リビングに集まって下さい』



…え?
お戻りに…なる?



『今回は半年くらいかしら』


奥様はそう仰ってたのに。
…あれからまだ、3ヶ月位だよね。


瑞稀様のお誕生日の為に一時帰国をされた…とか?

緊張はするけれど、奥様とお会いするのが嬉しくて、少しだけ頰が緩んだ。


また…一緒にお菓子作りが出来るかな。


そうだ、装飾品やお洋服のお礼と、それを着て瑞稀様とお食事に行かせていただいた報告もしないと。


少し気持ちが弾み、少しふわふわした気持ちで圭介さんの指示の元、準備をして出迎えた、翌日。


「やーっ今回も長旅だったな!坂本さん、ご苦労様。」


明るく入って来た旦那様は相変わらず、私には声をかけて下さらず、代わりに、奥様が私に優しく笑いかけて下さった。




通り過ぎる背中を見送っていたら、伊東さんが足早にやって来る。


「伊東さん!どう言う事ですか!」


…後ろからは、何やら慌てている圭介さん。

慌てている…と言うよりは、少し憤りをあらわにしている感じで。珍しいことだと、不思議に思い、坂本さんと目を合わせて首を傾げた。


「おお、これはご苦労様」


そんな私達に伊東さんが片手を上げる。


「ご無沙汰ですな。」
「ちょっと、伊東さん!」
「あ~…圭介君、君は騒ぎ過ぎですよ。少し落ち着きなさい」


促された、圭介さんが一瞬私を気にする。それからフウッて溜息を吐き出して、スマホを取り出した。


「…瑞稀様へ連絡を取って来ます。」


不機嫌な顔をそのままに、その場を立ち去るその姿に坂本さんが目を細め、伊東さんをあきれる様に見た。


「まったく、何をまたそんなに動揺させてるのよ…伊東さんは。懲りないわね。」
「いや、私は谷村家の執事として行動しているだけで。」


伊東さんは、はぐらかす様にはっはっはっと笑う。


「旦那様と奥様はリビングに行かれましたかな?」

「とっくよ。まあ、あなたが、ここに帰って来たら圭介さん優先になるのはお二人とも百も承知ですけどね。」

「…まあ、ある意味、今回は、彼の試練でもありますからな。」


圭介さんの試練…?


「あなたも…頑張って下さい。」


また首を傾げた私に伊東さんの優しい笑顔が向いた。


私も…頑張る?

メイドである『私達』ではなく…『私』…?



伊東さんの言葉が気になったまま、仕事を続けること、一時間ほど。


『旦那様がお呼びです。リビングへ集合してください』


圭介さんからそうスマホに連絡が入った。
洗濯物を取り込んでいた私と坂本さんは同時にメッセージを確認し、また目を合わせて首を傾げる。


「何かしら…こんな事、今まで一度も無かったけど。」


「とりあえず行ってみましょう」と坂本さんに促されて行ったリビング。



「皆、ご苦労様。」


奥様が開口一番そう言って微笑んだ。


…けれど。


その隣に居る見知らぬ美しい一人の女性に思わず目線が逸れた。


どなた…だろうか。


チラッと隣を見たら、驚愕の表情をしている涼太さんとその隣で、眉間に皺を寄せて笑顔が無くなっている圭介さん。


坂本さんと波田さんも…息を飲む様に驚いている。


「お久しぶりです、坂本さん!波田さんも、お元気でしたか?圭介君、涼太君は大学卒業以来だね。」


知り合い…しかもかなり親しい感じ。


「こちらは、皆が知っての通り“鈴木小夜子”さんだ。」


旦那様の紹介に、少し立ち上がって丁寧におじぎをする所作がスムーズで、可憐に少し揺れるプリーツスカート。


「薮には先ほど伊東から伝えたようだか、他の皆にも紹介しておかねばと思ってね。」



そう言ったら、小夜子さんがクスクスと可愛らしく笑う。


「改めて紹介されるとくすぐったいです。」

「ん?そうか…まあ、小夜ちゃんは昔からの知り合いだしな。この家にも昔はよく遊びに来てたし。」

「これから、このお家で暮らすと思うと不思議ですわ。」


“暮らす”…。



ドキンと心音が跳ねた瞬間、奥様と視線がぶつかった。





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