にじいろの向こう側
◇
圭介君に促されて戻った自室。
「…圭介くんともこうやって話すの久しぶりだね。」
「ああ、ほんと。大学ぶり?」
パタンとドアを閉めた途端、硬さが取れた圭介くんに、少しほっとした。
「また4人で仲良く出来ると思うと私嬉しくて!楽しかったよね、大学の頃!」
「まあね…俺らも若かったから、色々ぶっ飛んでたし。」
ハハッて笑う圭介くんが香りの良い紅茶を差し出してくれた。
「…あの頃の彼女とはどうなったの?」
「ああ、あの人は今も大学にいんじゃない?講師だったし。
出世して准教授位にはなってるかもね。」
「『かもね』…って別れたって事?」
「ま、そう言う事。」
一口飲んだら、渋みの中に少しだけ花の香りがする。
…美味しい。
「あんなに好きだったのにね、お互い。」
「まあ、縁の話だろ、そこら辺は。俺とは縁が無かったって事。」
口の端をクッとあげると私をその目に捉える圭介君。
「小夜ちゃんも同じでしょ。瑞稀とは縁が無かった。
嫌いではなかったにしろ、瑞稀は小夜ちゃんと別れる事を決断して。その後、最愛の人を見つけた。」
その眼差しが鋭く私に突き刺さる。
「…何企んでんのか知らないけど、俺も真人さんと同じ。瑞稀を苦しめるなら、いくら小夜ちゃんでも容赦しない。」
…昔からそうだった。
瑞稀は勘が良い方だったけど、私に関しては全くと言って良い程、疑うって事を知らなくて。だけど、圭介君は違う。
勘が良いのとは違うけど、ヒドく頭の回転がいいのは間違いなくて。
その場、その場を細部に渡って見る事が出来る、広い視野と洞察力を持っている。
少しでも、おかしな行動を取れば、全てを見透かされてしまう…そんな人。
「何も企んでなんかいないよ?ただ、ずっと私は瑞稀が好きだったんだもん。」
「じゃあ何で離れたのよ。それこそ、お互いあんなに好きだったわけでしょ?」
それにフフッて柔らかい笑みを返した。
…言ってもきっと理解は出来ない。
私の歴史を全て見て来たのなんて、私しか居ないんだから。
だからね?言う必要なんて無いの。
そんなもんでしょ?真実なんて。
.
「小夜子には小夜子のいい所が“きっと”あるさ。」
いつも穏やかでにこやかな父の口癖だった。
容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能で、手先が器用
誰にでも、気を遣えて、人気者。そんな姉といつも比べられて来た、『ダメな小夜子』。
表面的には優しくたって、両親も周囲の目も全部お姉さんに行ってたのは幼心に分かっていた。
「そっかな?俺は小夜といんと結構楽しいけど」
落ち込んで泣いてた私の頭にある日突然乗った掌。
理由は分からないけど、凄く温かくて嬉しかった。
あの日から、瑞稀は私の居場所になったんだって思う。
だけど
それと同時にステイタスにもなっていった。
『恐らく谷村家を継ぐ』であろうと噂され続けていた瑞稀。
そんな瑞稀と恋人である事が、私自身を高めて、そして、お父さんもお母さんも私を認めてくれると必死だった。
けれど、あのパーティーの日。
『真人が後継ぎ』
笑いながらそう言い切ったおじさまの言葉に同じく笑って「そうだよな~」って返してるお父様を目の当たりにして、足下が全て崩れた。
…私は、期待なんてされてなかったんだ。
ただ、全うな人の所にお嫁にいけばそれでいい。
そんな風にしか思われていないんだ。
結局、お姉さんにしか二人は興味が無いし期待もしてなかったんだ。
そんな絶望感の矛先がどうしようもなく瑞稀に向いたのは確か。
…信じていたのに。
信じて…ずっと一緒に居たし、好きにもなったのに。
そんな思いと『何とかしなきゃ』って焦りで発した言葉。
『私、真人さんが好きなの』
自分でもここまで来るとびっくりだったけどね、さすがに。
真人さんて、どっちかって言うと、苦手なタイプで、瑞稀と仲良くしてるのもなんかイライラして嫌がらせしたりしてたから。
だけど、今思えば、真人さん云々じゃなくて、『谷村家の跡取りである谷村瑞稀』と私より親密な人が嫌だっただけなのかもしれない。
だって、最終的に瑞稀が首を縦に振るには、私が瑞稀の一番である必要があったから。
だけど、その日、全ては無意味になって。『真人さんが好き』って宣言して、真人さんもいずれは私と結婚してくれるって言ってくれて、気まずいのを我慢してまで、もう後継ぎになる可能性の低い瑞稀の隣に居る理由も無いないからそのまま疎遠になっていった。
それからは、特につまらない日々。
谷村家がそれからどうなったかなんて、全く興味無かったし、何度か言い寄って来る人は居たり、お付き合いしてみたりはしたけど、お父様のメガネに叶う人はいなかったし、私も、谷村グループの跡取りより凄い人と結婚しなきゃ意味無いって思っていたから。
そんなある日、突然、おじさまが真剣な顔して私の所に頭を下げに来た。
最初は驚いたけど、話を聞いて、久しぶりに抱いた、嫉妬心。
…瑞稀が私以外を『一番』にするなんて許せない。
いくら私が離れて行ったって、あれだけ私を好きだったんだよ?
瑞稀は…ずっと私の幻影に縛られているんだと思っていたのに。
同時に、心が躍る。
『瑞稀を次期会長に考えている』
やっぱり、私には瑞稀しか居ない、そう確信した。
…すべてはここに辿り着く為の布石に過ぎなかったんだ。
不安そうにしている、おじさまの掌をそっと覆った。
「安心して下さい、おじさま。私と瑞稀、の仲ですよ?全て、委ねて頂いて、大丈夫です。」
…これで、私は、お姉さんと対等になれる。
乗り込んだ先の谷村家は、想像以上に“その子”に染まってて、歓迎ムードとはかけ離れてた。
それもまた腹立たしくて。
そんな、1年そこらで仲良くなったメイドなんて、どうせすぐ、追い出してやる。
まあ、瑞稀の心を一時的にも奪ったんだから、散々、苦しめた後にだけどね。
そう、思ったら、余計に何か、心躍ったっけ…。
.
経過を色々思い出しながら、香りのいい紅茶を飲み干したら、圭介君がおかわりをタイミング良く出してくれた。
「ねえ、圭介君。鳥屋尾さんを呼んでくれる?」
「…何で?」
明らかに警戒の色。
そう言えば、さっき、何でか帰って来ちゃった真人さんも『咲月ちゃんに辛くあたんないでよ』って言ってた。
…何でそんなに皆に守られてるわけ?
何がそんなにいいのよ、あんな普通の子。
ほんと、腹立たしいな…あんな子、苦しめばいいんだ。
そんな思考はもちろん表には出さない。
私はいつも通りにこやかに笑うだけ。
「別に何も?ただ、今日着るパジャマを選んでもらおうかなって思っただけだよ?」
…それが一番の武器であり、身を守る方法だって分かってるから。
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圭介君に促されて戻った自室。
「…圭介くんともこうやって話すの久しぶりだね。」
「ああ、ほんと。大学ぶり?」
パタンとドアを閉めた途端、硬さが取れた圭介くんに、少しほっとした。
「また4人で仲良く出来ると思うと私嬉しくて!楽しかったよね、大学の頃!」
「まあね…俺らも若かったから、色々ぶっ飛んでたし。」
ハハッて笑う圭介くんが香りの良い紅茶を差し出してくれた。
「…あの頃の彼女とはどうなったの?」
「ああ、あの人は今も大学にいんじゃない?講師だったし。
出世して准教授位にはなってるかもね。」
「『かもね』…って別れたって事?」
「ま、そう言う事。」
一口飲んだら、渋みの中に少しだけ花の香りがする。
…美味しい。
「あんなに好きだったのにね、お互い。」
「まあ、縁の話だろ、そこら辺は。俺とは縁が無かったって事。」
口の端をクッとあげると私をその目に捉える圭介君。
「小夜ちゃんも同じでしょ。瑞稀とは縁が無かった。
嫌いではなかったにしろ、瑞稀は小夜ちゃんと別れる事を決断して。その後、最愛の人を見つけた。」
その眼差しが鋭く私に突き刺さる。
「…何企んでんのか知らないけど、俺も真人さんと同じ。瑞稀を苦しめるなら、いくら小夜ちゃんでも容赦しない。」
…昔からそうだった。
瑞稀は勘が良い方だったけど、私に関しては全くと言って良い程、疑うって事を知らなくて。だけど、圭介君は違う。
勘が良いのとは違うけど、ヒドく頭の回転がいいのは間違いなくて。
その場、その場を細部に渡って見る事が出来る、広い視野と洞察力を持っている。
少しでも、おかしな行動を取れば、全てを見透かされてしまう…そんな人。
「何も企んでなんかいないよ?ただ、ずっと私は瑞稀が好きだったんだもん。」
「じゃあ何で離れたのよ。それこそ、お互いあんなに好きだったわけでしょ?」
それにフフッて柔らかい笑みを返した。
…言ってもきっと理解は出来ない。
私の歴史を全て見て来たのなんて、私しか居ないんだから。
だからね?言う必要なんて無いの。
そんなもんでしょ?真実なんて。
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「小夜子には小夜子のいい所が“きっと”あるさ。」
いつも穏やかでにこやかな父の口癖だった。
容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能で、手先が器用
誰にでも、気を遣えて、人気者。そんな姉といつも比べられて来た、『ダメな小夜子』。
表面的には優しくたって、両親も周囲の目も全部お姉さんに行ってたのは幼心に分かっていた。
「そっかな?俺は小夜といんと結構楽しいけど」
落ち込んで泣いてた私の頭にある日突然乗った掌。
理由は分からないけど、凄く温かくて嬉しかった。
あの日から、瑞稀は私の居場所になったんだって思う。
だけど
それと同時にステイタスにもなっていった。
『恐らく谷村家を継ぐ』であろうと噂され続けていた瑞稀。
そんな瑞稀と恋人である事が、私自身を高めて、そして、お父さんもお母さんも私を認めてくれると必死だった。
けれど、あのパーティーの日。
『真人が後継ぎ』
笑いながらそう言い切ったおじさまの言葉に同じく笑って「そうだよな~」って返してるお父様を目の当たりにして、足下が全て崩れた。
…私は、期待なんてされてなかったんだ。
ただ、全うな人の所にお嫁にいけばそれでいい。
そんな風にしか思われていないんだ。
結局、お姉さんにしか二人は興味が無いし期待もしてなかったんだ。
そんな絶望感の矛先がどうしようもなく瑞稀に向いたのは確か。
…信じていたのに。
信じて…ずっと一緒に居たし、好きにもなったのに。
そんな思いと『何とかしなきゃ』って焦りで発した言葉。
『私、真人さんが好きなの』
自分でもここまで来るとびっくりだったけどね、さすがに。
真人さんて、どっちかって言うと、苦手なタイプで、瑞稀と仲良くしてるのもなんかイライラして嫌がらせしたりしてたから。
だけど、今思えば、真人さん云々じゃなくて、『谷村家の跡取りである谷村瑞稀』と私より親密な人が嫌だっただけなのかもしれない。
だって、最終的に瑞稀が首を縦に振るには、私が瑞稀の一番である必要があったから。
だけど、その日、全ては無意味になって。『真人さんが好き』って宣言して、真人さんもいずれは私と結婚してくれるって言ってくれて、気まずいのを我慢してまで、もう後継ぎになる可能性の低い瑞稀の隣に居る理由も無いないからそのまま疎遠になっていった。
それからは、特につまらない日々。
谷村家がそれからどうなったかなんて、全く興味無かったし、何度か言い寄って来る人は居たり、お付き合いしてみたりはしたけど、お父様のメガネに叶う人はいなかったし、私も、谷村グループの跡取りより凄い人と結婚しなきゃ意味無いって思っていたから。
そんなある日、突然、おじさまが真剣な顔して私の所に頭を下げに来た。
最初は驚いたけど、話を聞いて、久しぶりに抱いた、嫉妬心。
…瑞稀が私以外を『一番』にするなんて許せない。
いくら私が離れて行ったって、あれだけ私を好きだったんだよ?
瑞稀は…ずっと私の幻影に縛られているんだと思っていたのに。
同時に、心が躍る。
『瑞稀を次期会長に考えている』
やっぱり、私には瑞稀しか居ない、そう確信した。
…すべてはここに辿り着く為の布石に過ぎなかったんだ。
不安そうにしている、おじさまの掌をそっと覆った。
「安心して下さい、おじさま。私と瑞稀、の仲ですよ?全て、委ねて頂いて、大丈夫です。」
…これで、私は、お姉さんと対等になれる。
乗り込んだ先の谷村家は、想像以上に“その子”に染まってて、歓迎ムードとはかけ離れてた。
それもまた腹立たしくて。
そんな、1年そこらで仲良くなったメイドなんて、どうせすぐ、追い出してやる。
まあ、瑞稀の心を一時的にも奪ったんだから、散々、苦しめた後にだけどね。
そう、思ったら、余計に何か、心躍ったっけ…。
.
経過を色々思い出しながら、香りのいい紅茶を飲み干したら、圭介君がおかわりをタイミング良く出してくれた。
「ねえ、圭介君。鳥屋尾さんを呼んでくれる?」
「…何で?」
明らかに警戒の色。
そう言えば、さっき、何でか帰って来ちゃった真人さんも『咲月ちゃんに辛くあたんないでよ』って言ってた。
…何でそんなに皆に守られてるわけ?
何がそんなにいいのよ、あんな普通の子。
ほんと、腹立たしいな…あんな子、苦しめばいいんだ。
そんな思考はもちろん表には出さない。
私はいつも通りにこやかに笑うだけ。
「別に何も?ただ、今日着るパジャマを選んでもらおうかなって思っただけだよ?」
…それが一番の武器であり、身を守る方法だって分かってるから。
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