にじいろの向こう側




「でもさ、親父はもう完全に小夜ちゃんのペースなんでしょ?
どうすんの?月末の役員会で発表となると、かなり時間が無いけど…。」


ようやく喋りきって、ひと呼吸置いたマコが圭介がいれて行ってくれた紅茶を一口飲んだ。


「それは分かってる。だからそれまでに何とかする。全てが片付く必要はないから。方向性が決まって、スタートラインに付くところまでは行きたいかな。」

「どうやって?」


涼太が腕組みしたまま、少し小首を傾げて眉間に皺を寄せた。


「まずは小夜に『俺との結婚は無かった事にしてくれ』って言わせる。」

「言うかな~あの小夜ちゃんが。」

「要はさ、俺が会長にならなきゃいい話だろ?マコの話と小夜の話を聞いた限りだと。
…まあ、言わないにしても、結婚したいという思いを萎えさせて、後は、鈴木の父さんと交渉だね。」

「おっ!鈴木のおとうさんね!そこら辺は俺に任せてよ。仲良しだから!」


そうだな、マコ。そこは頼りにさせて貰う。


「瑞稀…って事はさ、『あの話』を現実にする事ありきって事だよね。」

「だね。そこは必須条件になると思う。交渉のコマとしても使えるし、この際。」


ゆっくり準備しようって思ってた事を、なるべく早急に動かさなきゃいけなくなるのは確かか…。
しかも、会社に負担をかけないってなると、そうとう水面下で動かないといけないからな。
事が決定して正式発表に至るまでは、絶対に役員止まりで表沙汰にする事はマズい。


つまり“父さんの協力”が必須になる。


果たして『鈴木グループの娘の小夜』を嫁にして、会長としての貫禄をつけるって戦略の父さんが納得してくれるか…。

まあ、マコじゃないけど、とりあえずやり始めてみないとな。


「マコ、徹と話す時、同席してくれる?」

「おー!徹!もちろん、するする!今、副社長なんだっけ?」

「そうです。まあ…見張りのおじいさん3人位周りに立てられてるけど」

「あいつ何か抜けてるもんな~」

「…徹って…ああ、従兄弟だっけ。酒井家の方の跡取り息子でしょ?なに、真人に抜けてるって言われんのかよ。大丈夫なの?副社長。」

「涼太、シャラップ!」


また明るく笑うマコに、涼太も楽しそうに笑い返している。
本当に良い関係築いてくれている…よな、この二人も。


「なあ、思ったんだけどさ…小夜、咲月に話したりしねーかな『智樹さん』との話。」


俺に向き直った涼太の顔つきが、少し険しくなった。


「…まあ、今の小夜の立場上、父さんから言われた事を守らないのは小夜にとっても自分を不利にするからね。」


…ただ、さっきの目つき。


『俺、そうとう嫌がらせされてたから』

マコのさっきの言葉を思い出す。

…どうあっても咲月に矛を向けて楽しもうって感じがしなくはないし。
そこに罪の意識はまるで無い。


仕方ない…かな。
状況が状況だし、きちんと説明すれば来てくれるよね、『智樹さん』は。


「至急、圭介に探してもらう。『智樹さん』」

「ああ…俺もそれが良いと思う。
こんな状況になった以上、小夜の口から面白おかしく言われるより、ちゃんと当事者から聞いた方がいいだろ。
それと…瑞稀には申し訳ないんだけど、その上で、一旦咲月を『智樹さん』に預けるって方法もアリだと思うし。もしもの場合は。」


…だよね。


だけど、どの位『智樹さん』を探すのに時間がかかるか分からない。
まあ、小夜もすぐには言わないんじゃないかなって、思うけど…どの程度の事をどういうタイミングで咲月がされるのか、良くわかんないしな…。


もちろん、そこのフォローは皆にお願いするにしても、伊東がいるから限界はあるだろうし、母さんが真実を知った後にどう言う態度に出るかは今の所不明だし。


何より、父さんや上役を納得させて、始動した所で、俺達の計画を軌道に乗せるには、それなりの時間を要するから。


その間…だよな。


「ちょっと待った!何?『智樹さん』って誰?!ニューキャラじゃん!俺知らない。」


真剣に考えてる俺と涼太の間で、ちょっと慌て出すマコ。


「瑞稀、またあの探偵に依頼かな。」

「多分。」

「またニューキャラ?!『あの探偵』って…ちょっと、ちょっと、わかるように教えて?どう言う事?ねえねえ。」

「あ~…うるせえな。後でゆっくり教えるから…。」


涼太君に再び絡み出した所で


コンコン


丁寧なノック音の後



「失礼致します。上田さんをお連れしました。」


圭介がタイミング良く上田を連れて入って来た。


「あ…こ、今晩…は。」


急にしおらしく、俺の後ろにデカイからだを隠す様にして顔を強ばらせるマコ。


「社長のお兄様ですね。初めまして、秘書の上田と申します。」


それに、ニコリと微笑んで返す上田。


「社長から以前お兄様の事はお聞きしてます。とても優しいお方だと…。」

「そ、それは、それは。いや~よかったね!瑞稀!」


…ダメだな、これ。


「涼太。」

「わかった。行くぞ、真人。仕事の邪魔。」

「え?!俺、瑞稀ともっと話が…。」

「社長をお借りしてすみません。」

「ほら、お前まだ旦那様と奥様に挨拶してねーだろ。」

「涼太、引っ張んないでよ!圭介!」

「や、真人さん、今回ばかりは助けらんねえ。さすがに、旦那様達には挨拶してからここに来て欲しかった。」

「マコ…どうやって屋敷に入って来たんだよ。」

「門の外からは、坂本さんに内緒で引き入れて貰ったんだって、温室まで。さすが坂本さんだよな~伊東さんの目を欺くとか。
そこからはまあ…騙し騙し?だって、真人さん、俺らから話聞いたら、急に『何それ!』って怒り出して走ってっちゃうからさ…。」


眉下げてる圭介を、上田がクスクスと口元を隠して笑った。

…何?ちょっと仲良し?
圭介、上田の前なのに、タメ語だし。

マコが帰って来たらそんな下世話な事を勘ぐる余裕まで生まれて来る。


やっぱりマコが居るって半端無く良い。


…絶対本人には言わないけど。


デスクの裏手に回って、椅子に腰掛けたら、上田がパソコンの前に立つ。


「ご用件がございましたら、先にお伺い致します」


ニコッと笑うその表情。

…相変わらず察しがいいわ。


「ありがとう。至急、風間との話し合いの時間を設けて欲しい。1時間あればいいかな?あと、マコが同席するから、それも先方に伝えて。」

「…かしこまりました。副社長の秘書と連絡を取りまして、至急調整致します。」


綺麗に一礼すると、見ていたタブレットを差し出す。


「では、書類はこちらから目を通していただけますでしょうか…。」


ほんと、この人、ブレないよね…。

社長である俺の考え、タイミング、全部分かってくれている。



今更だけど、俺って、結構恵まれてたんだねって今のこの部屋の光景見てつくづく思った。

…まあ、それに気付けたのは、咲月の存在あっての事だって心底思うけど。







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