にじいろの向こう側





「どうしても会いたい!」と言って聞かないマコに便乗して(半ば監視だけど)咲月に会いに行った厨房。


皆の配慮もあって、二人きりになれて。
何とか話も出来たけど。

この1日ですっかり小夜に翻弄されている咲月。


まあ、小夜が事情を知ってるなんて咲月は知らないわけで。
仕方ない反応かな、とも思うけど。


ようやく、感情をちゃんと出して、俺にくっついてくれた咲月に少し安堵を覚えて、丁寧に頭を撫でてあげる。


…時間はかかるかもしれないけどさ。

この先、ずっと一緒に居る為の必要時間って考えたら、微々たるもんだから。


「咲月…ちょっと待っててね?」


ようやく嗚咽が落ち着いた咲月が腕ん中から不安そうに俺を見上げる。


「や、大丈夫だって。信じてよ。」
「信じては…います、けど…その…。」


小夜の事…だよね。

いつまでたっても、俺より小夜の気持ちを気にする咲月に少しだけ不満を覚えた。


「じゃあ、何?小夜とハッキリ決着がつくまでは咲月に会わない様にすれば良いの?」

「…出来れば。」


はっ?!

そこは普通、「それはちょっと…」って言う所でだろ。


「お帰りなさいっていってくんないの?」

「…出来れば。」

「ネクタイは、小夜に結んでもらえって事?」

「……っ!で、で、出来……れば。」


ネクタイまで…『出来れば』。


そんなもん…約束できるか。


「咲月以外にネクタイは結ばせない。つまり俺はネクタイをつけられないってことになる。」

「ご自身でも結べたはずです。」

「出来ない。忘れた。」

「み、瑞稀様!」

「やだ。絶対ヤダ。」


さっき、“必要時間で微々たるもんだ”なんて考えといて、これだもん、俺はほんと咲月の事んなると、さっぱりダメだわ。


ギュウッて抱き締め直したら、フウッて溜息が聞こえて背中を優しく擦られる。


「…私、瑞稀様が大好きです。好きで好きで仕方ないんです。
瑞稀様が信じろって仰ってくれて本当に嬉しくて。
だから…隠れてどうのって言うのは嫌です。
きちんと、小夜子さんにもお話をしたいし、もしそれが今は敵わないのならば、その間は…。」

「離れろって?」

「…はい。」


意志の固い瞳。強い眼差しが綺麗で、それも可愛いと心底思った。

完全に、惚れた弱みだな、これ。


まあ…こうなっちゃうと、多分咲月は譲らない気がするし。


今度は俺が溜息を零した。


「…分かりましたよ。じゃあ、ちゃんと小夜が結婚を諦めて俺と咲月の仲を認めるまでは、なるべく咲月とは接触しない。」

「はい。」

「…少しだけなら良い?」

「だめです。」

「ネクタイ結びに来る時とかさ…。」

「ネクタイは基本的にはご自分でお願いします。」


…何この仕打ち。
すごい嫌なんだけど。


こんな事で乗せられるのも何か腑に落ちないけど、でも、嫌なもんは嫌なんだから仕方ない。
俺のどこかに埋もれて、すっかり抜け落ちていた『闘志』ってやつに火がついたのは間違いない。


…絶対にとっとと事を片付けてやる。


妙に頭ん中がスッキリした気がした。
まずは、とにかく、父さんとマコとの話し合いだよね。


そこが上手くいけば、後は各々上手く事が進むはず。


後は…『智樹さん』


腕に力を入れてもう一度抱き締め直した咲月の身体。


…どの位で見つかるかな。


『万が一の時は言ったん預ける事も考えないと』


涼太の言葉が脳裏を過った。


預ける…か。


咲月が『智樹さん』に心が傾くとは思ってないし、智樹さんは信頼出来るけど、今回の件はあくまでこっちの事情だし、そんな都合の良い話…ね。


「瑞稀様…?」


腕の中から、小首を傾げて見上げる咲月に少し苦笑い。


まあ…突き詰めちゃうと、俺の我侭でヤキモチだって話なんだけどさ。

“預けるのは嫌だ”って思うのはさ。




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