にじいろの向こう側





…何とか、小夜とは話せた。


だけど、ここからだよね。
真っ向から小夜に話した事で、小夜がどうするか…。


もちろん、あの笑顔を信じてないわけじゃないけれど、小夜の性格は嫌って程知ってる。

まあ…十年も前の話だけどさ。

あれだけあっさり納得されるとね…逆の事も考えるんだよね、俺は。

「相変わらず荒んでんな」って心ん中で苦笑いしながら少し冷めたコーヒーを飲み干した。


その後、タブレットを開いて、風間と上田とのメールのやり取り。


そこで、一息ついて、ネクタイを緩めたら、メッセを知らせて短く震えるスマホ。

相手は圭介からで、手に取って内容を確認した瞬間に鼓動が早く音を立てて、思わず拳に力を込めた。


同時に


コンコンとドアを鳴らすノック音。


「…はい。」


俺の返事に遠慮がちに開いたドアからは


「お話があって参りました」



真顔の咲月が顔をのぞかせた。



ちょっと間に合わなかった…ね、智樹さん。


「…どした?珍しいじゃん。つか、久しぶりだね。」


スマホを置いて机に凭れたまま、いつも通りの笑顔を浮かべる俺を咲月はジッと見つめてる。


「そんな所に突っ立ってないで入っといでよ」


俺の促しに遠慮がち…と言うよりも警戒がちに歩を進めると、静かにドアを閉めた。


その背中を“拒否られる”って分かってて捉える俺。


「…は、離してください」

「放しませんよ?俺のだから。」

「……。」


腕の中でくるりと向きを変えさせると唇を近づける。


「っやめて下さい!」


俺の身体を勢いよく押して真っ向から拒否するその腕が、震えてる。


…やっぱな。
小夜はそう来たか。


「…私、借金があったそうですね。多額の。」


揺らめく瞳が潤いを増して今にも雫を零しそうになっている咲月。


「智樹さんがそれを返済する事になっていて…それを知った瑞稀様が代わりに完済したと。
事実…なんですか?」


震える身体を本当は抱き寄せたくて仕方ない。


だけど


今はそれは…出来ない。


…咲月、ごめん。
結局辛い想いさせて、傷つけて。


抱き寄せたいって衝動の代わりに付いた深いため息。


「…事実だよ?」

「そ、そんな…。」

「何か問題ある?智樹さんの言動が気になったから探偵使って調べさせたら、借金あって、実はそれが咲月のだって判明して。
だから、払える俺が払った、それだけの事だろ。」

「そ、それだけの事…って。相当な額ですよ?智樹さんだって…殆どの資産を使い果たしても返済しきれなかったものだと…き、聞きました。」

「そうだけどさ、俺は別に出せない額じゃなかったし。
ああ、何?智樹さんに返済して欲しかったとか?」

「ち、違います!」


…ムキになった。
『完済したら』の話も聞いたね、これ。


咲月の掌がギュッとシャツを握りしめた。


「智樹さんであろうと、瑞稀様であろうと…私には理解できません。知らなかったとはいえ、他人に借金を返してもらうなんて。
まして、返済する相手は、谷村家…。」


…そこも聞いたんだ。


「…じゃあさ、実際問題、返せんの?咲月に。」

「そ、それは…。」

「咲月の言ってるのは正論かも知んないけど、机上の空論で理想論ってやつだろ。
どうせ、咲月はこの先も俺と一緒に居るんだから、俺が返しても、あなたが返しても同じ事でしょ?」


平然と小首を傾げてニッコリ笑いかける俺を眉間にしわ寄せて見つめる咲月。


「…一緒に居るのは無理です。」


目一杯、涙を耐えてるってその震えとシャツを握りしめてる掌でわかる。


「…俺を信じてくれないの?」

「信じています。瑞稀様は聡明で、欲に流されず、きちんと冷静に物事を判断出来る方だと。
私ごときに…振り回されず、最善の策を選択出来る方だと。」


視線を伏せた咲月の瞳からポタリと雫が床へ落ちてった。


「別れて下さい。
瑞稀様が立て替えてくださったお金は必ずお返しいたします」





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