にじいろの向こう側
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震えない様、精一杯お腹に力を込めて放った言葉が、痛烈に胸を突き刺した。
別れたくなんかない。
瑞稀様のお側にずっと居たい。
だけど…瑞稀様は谷村家にとっても、会社にとっても必要な人だから。
私が側に居てはダメなんだ。
私の問いへの受け答えにいつもの瑞稀様と少し違うって違和感を抱かなかったわけじゃない。
けれど、平然と答える瑞稀様をこれ以上説得するのは無理だと思った。
『瑞稀、は今、あなたに夢中になり過ぎてるの』
『瑞稀があなたに夢中ならば、あなた自ら離れて欲しいの』
私が…幕を引かなきゃ。
震える腕を精一杯持ち上げて、自ら作って来た手書きの借金証書を「判を下さい」って差し出した。
それと、辞表も。
長い沈黙に自分の鼓動がうるさい程混じる。
お願い…受け取って。
これでまだ、ダメだと言われたら、私はもう…どうしたら良いか…
そう思ってたら、降って来た深い溜息。
「…これが咲月が出した答え?
さっきも聞いたけど、どうやって返すつもり?あなたの今までの稼ぎじゃとても無理だよ。身体でも売る気?」
「そ、それは色々と…考えて。」
「考えて?何かウマイ話に乗っかって?そんな無計画な返答するヤツに到底返せる額じゃないと思うけど。」
顔を上げない私をそのままに、踵を返すと、机に置いたスマホを手に取った。
「…あ、圭介?悪いんだけど、帝洋ホテルのスイート至急とって。うん、一泊。
で、車、回して。夕飯はいいや。」
な、何…?
私を見て、小首を傾げてニッと笑う瑞稀様。
「…手っ取り早く、金を返させてあげる。
咲月の一晩、俺が買ってやるよ。」
「え…?」
「借金チャラにしてやるって言ってんだよ。ただし、俺に一晩抱かれれば、の話だけど。
さっきも言ったけど、咲月には大金でも、俺にとっちゃ大した額でもないし、どうとでもないから。あんなの。一晩で充分だって話。
これで、お互いキレイさっぱり何の関係も無くなって、別れられるだろ?」
そ、そんな…。
…頑なに「別れない」って言われたり、この前みたいに説得されたら罵声を浴びせて幻滅させようって思ってた。
それしかもう、術がないって…。
それが…瑞稀様に…抱かれる?
借金返済の為に…?
思ってもみない展開に
「そ、そんな事して頂かなくても…」
思わず逃げ腰になって後ろに下がったら、両手首を強い力で掴まれて引寄せられた。
「…俺と別れるって『覚悟』決めてここに乗り込んで来たんじゃないのかよ。」
瑞稀様の琥珀色の瞳が強く光を放つ。
「だったら、最後まで貫き通せよ、その意志を。」
その瞳から、目が離せなくなって、ゴクリと思わず喉を鳴らした。
そこからは…よく覚えていない。
連れられて行った、帝洋ホテルのスイートの一室は東京の夜景を一望出来るラグジュアリーを極めたこの部屋だった。
そんな部屋の中、絶え間なく軋むベッドの音
「…っ」
「何?もうダウン?こんなんで、よく、身体売って借金返すとか言えたな。これじゃ、借金どころの話じゃないよ?」
思わずシーツを掴んだ手を剥がされて、首に回されたら、そのまま口を塞がれる。
舌が無理矢理口内を掻き回す息苦しさに、何度も意識が遠のきそうになった。
「…もっとちゃんと俺の事、感じろよ。」
耳元に囁かれるその言葉。抱き寄せられた感覚に愛情が沸き起こって、呼びたくなる衝動を何度も必死に噛み殺した、大好きな人の名。
重ねて来た瑞稀様とのいくつもの情事は、幸せなもの以外のなにものでもなくて嬉しさでいつも満たされていた。
けれど
『買ってやるよ、咲月の一晩』
今は、愛情が込み上げれば込み上げる程、悲しみに満ちていく。
仕方ない…別れは決まっていた事。
こうやって突き放すような態度も全部、瑞稀様の優しさだって事も分かっている。
分かっているけど…。
どうしても涙が溢れ出て来て、それを何度も唇で掬い取られた。
そうして何度も意識を手放しそうになりながら、必死で瑞稀様を感じ続けた夜更け。
いつ果てて、眠り込んでしまったのかも分からない。
ただ、優しく、柔らかく包まれた感触が意識と微睡みの狭間であったのを覚えてる
「咲月…。」
優しく名前を呼んでくれて
「…好きだよ。」
唇同士がそっと触れ合う。
「…待ってて。」
これは…夢?
「俺を…信じてて。」
…瑞稀様?
朝、カーテンから差し込む光で目覚めたベッドの中
瑞稀様の姿はもう無くて、まっぷたつに裂かれた借金の証書があっただけ。
ポタン…と涙が溢れた。
『待ってて』
夢…だよね、当たり前だけど。
…別れたいって言ったのは私だもん。
『俺にとってはどうとでもない額だから』
…あんなの嘘だ。
瑞稀様はあんな風に思われる方ではない。
こう言う形で別れたのは、瑞稀様の最後の優しさだ。
瑞稀様…きっと私は、お会い出来なくても、ずっと、ずっと…瑞稀様を想ってます。
お元気で、どうか…笑っていて…。
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震えない様、精一杯お腹に力を込めて放った言葉が、痛烈に胸を突き刺した。
別れたくなんかない。
瑞稀様のお側にずっと居たい。
だけど…瑞稀様は谷村家にとっても、会社にとっても必要な人だから。
私が側に居てはダメなんだ。
私の問いへの受け答えにいつもの瑞稀様と少し違うって違和感を抱かなかったわけじゃない。
けれど、平然と答える瑞稀様をこれ以上説得するのは無理だと思った。
『瑞稀、は今、あなたに夢中になり過ぎてるの』
『瑞稀があなたに夢中ならば、あなた自ら離れて欲しいの』
私が…幕を引かなきゃ。
震える腕を精一杯持ち上げて、自ら作って来た手書きの借金証書を「判を下さい」って差し出した。
それと、辞表も。
長い沈黙に自分の鼓動がうるさい程混じる。
お願い…受け取って。
これでまだ、ダメだと言われたら、私はもう…どうしたら良いか…
そう思ってたら、降って来た深い溜息。
「…これが咲月が出した答え?
さっきも聞いたけど、どうやって返すつもり?あなたの今までの稼ぎじゃとても無理だよ。身体でも売る気?」
「そ、それは色々と…考えて。」
「考えて?何かウマイ話に乗っかって?そんな無計画な返答するヤツに到底返せる額じゃないと思うけど。」
顔を上げない私をそのままに、踵を返すと、机に置いたスマホを手に取った。
「…あ、圭介?悪いんだけど、帝洋ホテルのスイート至急とって。うん、一泊。
で、車、回して。夕飯はいいや。」
な、何…?
私を見て、小首を傾げてニッと笑う瑞稀様。
「…手っ取り早く、金を返させてあげる。
咲月の一晩、俺が買ってやるよ。」
「え…?」
「借金チャラにしてやるって言ってんだよ。ただし、俺に一晩抱かれれば、の話だけど。
さっきも言ったけど、咲月には大金でも、俺にとっちゃ大した額でもないし、どうとでもないから。あんなの。一晩で充分だって話。
これで、お互いキレイさっぱり何の関係も無くなって、別れられるだろ?」
そ、そんな…。
…頑なに「別れない」って言われたり、この前みたいに説得されたら罵声を浴びせて幻滅させようって思ってた。
それしかもう、術がないって…。
それが…瑞稀様に…抱かれる?
借金返済の為に…?
思ってもみない展開に
「そ、そんな事して頂かなくても…」
思わず逃げ腰になって後ろに下がったら、両手首を強い力で掴まれて引寄せられた。
「…俺と別れるって『覚悟』決めてここに乗り込んで来たんじゃないのかよ。」
瑞稀様の琥珀色の瞳が強く光を放つ。
「だったら、最後まで貫き通せよ、その意志を。」
その瞳から、目が離せなくなって、ゴクリと思わず喉を鳴らした。
そこからは…よく覚えていない。
連れられて行った、帝洋ホテルのスイートの一室は東京の夜景を一望出来るラグジュアリーを極めたこの部屋だった。
そんな部屋の中、絶え間なく軋むベッドの音
「…っ」
「何?もうダウン?こんなんで、よく、身体売って借金返すとか言えたな。これじゃ、借金どころの話じゃないよ?」
思わずシーツを掴んだ手を剥がされて、首に回されたら、そのまま口を塞がれる。
舌が無理矢理口内を掻き回す息苦しさに、何度も意識が遠のきそうになった。
「…もっとちゃんと俺の事、感じろよ。」
耳元に囁かれるその言葉。抱き寄せられた感覚に愛情が沸き起こって、呼びたくなる衝動を何度も必死に噛み殺した、大好きな人の名。
重ねて来た瑞稀様とのいくつもの情事は、幸せなもの以外のなにものでもなくて嬉しさでいつも満たされていた。
けれど
『買ってやるよ、咲月の一晩』
今は、愛情が込み上げれば込み上げる程、悲しみに満ちていく。
仕方ない…別れは決まっていた事。
こうやって突き放すような態度も全部、瑞稀様の優しさだって事も分かっている。
分かっているけど…。
どうしても涙が溢れ出て来て、それを何度も唇で掬い取られた。
そうして何度も意識を手放しそうになりながら、必死で瑞稀様を感じ続けた夜更け。
いつ果てて、眠り込んでしまったのかも分からない。
ただ、優しく、柔らかく包まれた感触が意識と微睡みの狭間であったのを覚えてる
「咲月…。」
優しく名前を呼んでくれて
「…好きだよ。」
唇同士がそっと触れ合う。
「…待ってて。」
これは…夢?
「俺を…信じてて。」
…瑞稀様?
朝、カーテンから差し込む光で目覚めたベッドの中
瑞稀様の姿はもう無くて、まっぷたつに裂かれた借金の証書があっただけ。
ポタン…と涙が溢れた。
『待ってて』
夢…だよね、当たり前だけど。
…別れたいって言ったのは私だもん。
『俺にとってはどうとでもない額だから』
…あんなの嘘だ。
瑞稀様はあんな風に思われる方ではない。
こう言う形で別れたのは、瑞稀様の最後の優しさだ。
瑞稀様…きっと私は、お会い出来なくても、ずっと、ずっと…瑞稀様を想ってます。
お元気で、どうか…笑っていて…。
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