にじいろの向こう側
それから…
.
「おばあちゃん、また明日来るからね!」
「ありがとうねえ咲月ちゃん。」
「仕事だもん。
あ、でも、何か買い物あったら、聞いとくよ?ほら、時間の中で買い物行くと掃除とか出来なくなっちゃうから。そこはボランティア!」
「全くあんたは…。」
瞳を潤ませるそのしわしわな顔をそっと包んで微笑んだら、笑い返してくれるおばあちゃんに私も笑顔。
「じゃあ、また明日!」
古びた民家を出ると、少しだけ湿った爽やかな風が頬を掠めて思わず伸びをした。
「ん~!今日の仕事おしまい!」
スマホで事業所に連絡を入れてから歩き出す。
直帰オッケーか…じゃあ、海の方回って帰ろうかな。
丁度日の入りの時間だし。
都心からだいぶ離れた、少し古い過疎化の進む、とある港町。
そこにある、小さな介護サービスの事業所。そこでヘルパーとして働く日々ももう、2年程経った。
メイドに比べたらお給料は減ったけれど、出会う人は皆温かくて。
私には凄く恵まれた環境だと…ここに導いてくださった奥様に感謝した。
.
2年前。
瑞稀様の元を離れたあの日、再会した智樹さんともお別れをした。
智樹さんとまた一緒に暮らせば、私は、寂しさも、不安も紛れるのかもしれない。
けれどそうやって甘えるのは違うと思った。
…瑞稀様への想いが消えない限り、私は一人で頑張らないと。
再会を誓い合って智樹さんとお別れした後、会いに行った相手。
私を心配して…連絡をくれた、優しい人。
「谷村家の騒動に巻き込んでしまって本当に申し訳ありません。」
いつか連れて行ってくれた、あのチーズケーキ屋さんで落ち合って、開口一番そう言って頭を下げた。
…奥様は全てを知っていらっしゃった。
その上で、事の成り行きを見守っていてくれた。
小夜子さんの行動も、瑞稀様の成す事も、何も言い訳はしなかった。
ただ「ごめんなさい」と谷村家の奥様として頭を下げただけ。
やはり、奥様はよく出来た方だな…。
凛としていて、潔い、素敵な女性。
奥様が相手だったから私も正直に『私の中で瑞稀様を忘れる事は無いと思います。』そう、ハッキリと答えられたんだって思う。
「そう…ですか。」
奥様は、その瑞稀様とよく似た琥珀色の瞳を寂しそうに揺らしながらも、微笑みがどこか柔らかくて。
私も思わず、笑顔になった、あの時。
そうしたら差し出された、一通の手紙。
「…でしたら、一つ、お遣いをあなたに頼む事に致しましょう。これを、この宛名の方に届けて欲しいの。」
それが、今勤めてる事業所の所長さん宛で、どうやら、奥様のご実家が元々はここの街の出身らしくて…。
何代か前に東京に引っ越ししてしまった後も毎年のようにここを避暑地として訪れていたみたい。
『おおっ!由岐ちゃん!』
手紙を見た所長さんはすごく喜んでいたもんね…。
そして、話が弾み、そのまま雇ってもらったと言う。
自転車を止めて堤防に昇ると海へと顔を向ける。
丁度、日が水平線へと沈みかけ、オレンジ色に空と水面を染めていた。
瑞稀様…お元気で頑張っていますか?
瑞稀様とお別れして2年が経ちました。
時々、瑞稀様を思い出して泣いてしまう事もあるけど、沢山の人の温かさに触れて、癒されて何とか頑張れています。
この夕日の向こうで瑞稀様が活躍されてるって思ったら、それだけで頑張れます。
…ご活躍を遠くからずっとお祈りしていますね。
視界がぼやけて夕日が滲んで、思わずゴシゴシと目元を袖で拭いた。
もう帰ろう…。
フッと短く息を吐いて、自転車に向かってくるりと身体を替えた瞬間、身体が全く動かなくなる。
う、うそ…でしょ?
右方向から、綺麗なオレンジに照らされて、海風でその柔らかい黒髪をふわりとさせている、少しだけ、余裕を帯びた笑顔。
「みーつけた。」
…紛れもなく、瑞稀様。
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「おばあちゃん、また明日来るからね!」
「ありがとうねえ咲月ちゃん。」
「仕事だもん。
あ、でも、何か買い物あったら、聞いとくよ?ほら、時間の中で買い物行くと掃除とか出来なくなっちゃうから。そこはボランティア!」
「全くあんたは…。」
瞳を潤ませるそのしわしわな顔をそっと包んで微笑んだら、笑い返してくれるおばあちゃんに私も笑顔。
「じゃあ、また明日!」
古びた民家を出ると、少しだけ湿った爽やかな風が頬を掠めて思わず伸びをした。
「ん~!今日の仕事おしまい!」
スマホで事業所に連絡を入れてから歩き出す。
直帰オッケーか…じゃあ、海の方回って帰ろうかな。
丁度日の入りの時間だし。
都心からだいぶ離れた、少し古い過疎化の進む、とある港町。
そこにある、小さな介護サービスの事業所。そこでヘルパーとして働く日々ももう、2年程経った。
メイドに比べたらお給料は減ったけれど、出会う人は皆温かくて。
私には凄く恵まれた環境だと…ここに導いてくださった奥様に感謝した。
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2年前。
瑞稀様の元を離れたあの日、再会した智樹さんともお別れをした。
智樹さんとまた一緒に暮らせば、私は、寂しさも、不安も紛れるのかもしれない。
けれどそうやって甘えるのは違うと思った。
…瑞稀様への想いが消えない限り、私は一人で頑張らないと。
再会を誓い合って智樹さんとお別れした後、会いに行った相手。
私を心配して…連絡をくれた、優しい人。
「谷村家の騒動に巻き込んでしまって本当に申し訳ありません。」
いつか連れて行ってくれた、あのチーズケーキ屋さんで落ち合って、開口一番そう言って頭を下げた。
…奥様は全てを知っていらっしゃった。
その上で、事の成り行きを見守っていてくれた。
小夜子さんの行動も、瑞稀様の成す事も、何も言い訳はしなかった。
ただ「ごめんなさい」と谷村家の奥様として頭を下げただけ。
やはり、奥様はよく出来た方だな…。
凛としていて、潔い、素敵な女性。
奥様が相手だったから私も正直に『私の中で瑞稀様を忘れる事は無いと思います。』そう、ハッキリと答えられたんだって思う。
「そう…ですか。」
奥様は、その瑞稀様とよく似た琥珀色の瞳を寂しそうに揺らしながらも、微笑みがどこか柔らかくて。
私も思わず、笑顔になった、あの時。
そうしたら差し出された、一通の手紙。
「…でしたら、一つ、お遣いをあなたに頼む事に致しましょう。これを、この宛名の方に届けて欲しいの。」
それが、今勤めてる事業所の所長さん宛で、どうやら、奥様のご実家が元々はここの街の出身らしくて…。
何代か前に東京に引っ越ししてしまった後も毎年のようにここを避暑地として訪れていたみたい。
『おおっ!由岐ちゃん!』
手紙を見た所長さんはすごく喜んでいたもんね…。
そして、話が弾み、そのまま雇ってもらったと言う。
自転車を止めて堤防に昇ると海へと顔を向ける。
丁度、日が水平線へと沈みかけ、オレンジ色に空と水面を染めていた。
瑞稀様…お元気で頑張っていますか?
瑞稀様とお別れして2年が経ちました。
時々、瑞稀様を思い出して泣いてしまう事もあるけど、沢山の人の温かさに触れて、癒されて何とか頑張れています。
この夕日の向こうで瑞稀様が活躍されてるって思ったら、それだけで頑張れます。
…ご活躍を遠くからずっとお祈りしていますね。
視界がぼやけて夕日が滲んで、思わずゴシゴシと目元を袖で拭いた。
もう帰ろう…。
フッと短く息を吐いて、自転車に向かってくるりと身体を替えた瞬間、身体が全く動かなくなる。
う、うそ…でしょ?
右方向から、綺麗なオレンジに照らされて、海風でその柔らかい黒髪をふわりとさせている、少しだけ、余裕を帯びた笑顔。
「みーつけた。」
…紛れもなく、瑞稀様。
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