にじいろの向こう側
◇◇



「…まだ?」
「いやー!今年は時間がかかってんじゃねーか。」
「す、すみません、もう少し…」


こんなやり取りをもうかれこれ1時間はしてんじゃねーかな。



毎年もみの木選ぶ時にいつもお世話んなってる、農場のシンヤさんに会って、もみの木の説明を咲月に色々して貰って、それから選ぶのが始まったんだけど。

数百個は並べてあるもみの木の鉢植えを一つ一つ上から下までくまなくガン見してる咲月。


「み、瑞稀様のお部屋に飾るもみの木ですよ?ちゃんと最高のものを選ばなくちゃ…」

「これは驚いた!お前より上手がいたな」


シンヤさんが俺の肩をがっちり組んでガハハと嬉しそうに笑った。


まあさ…気持ちはわかんだけどさ。
どっちかっつーと俺も完璧なものを求めるタイプだから。

それにしたってね…じっくり吟味するにも程がある。


「咲月…あのさ、気持ちは充分伝わってくんだけどさ。こういうのはもっとフィーリングで選ばないと。瑞稀の事100%考えてる咲月がパッと目についたもの。それが一番のもみの木だって俺は思うけど。」


俺の言葉にシンヤさんも、大きく頷いた。


「咲月、安心しろ!俺の育てたもみの木はどれも優秀だぞ?
確かに、さっき教えた様に、色々選別するのに見るポイントはあるけどな?それはあくまで目安だ。どれでも立派に職務を全う出来るもみの木ばかりだ。」

「職務…ですか?」

「そうだ。主人の傍らでクリスマスを迎えるって大事な職務だ。お前らと一緒だろ?そこは。お前が『仲間になりたい』と思うもみの木選びゃいいんだよ。」


その言葉に咲月の表情から不安と緊張が消え、瞳が輝きを増す。今一度並ぶもみの木を見て、静かに一つのもみの木を指差した。


「…あれでどうでしょうか。」


それに、シンヤさんと俺は目を合わせて笑い合う。


「いんじゃね?」

「立派なの選んだじゃねーか!お前、センスあるぞ!」


バシバシと背中をシンヤさんに叩かれてる咲月が嬉しそうに俺に微笑んだ。


今年は最高のクリスマスになりそうだ。

……良かったな、瑞稀。





「あの、オーナメントってどうされてるんですか?瑞稀様のお好みはどの様な…」


購入したもみの木をシンヤさんのトラックに積み込んでから、車に戻ったら咲月からすぐさまそんな質問。俺を見る目があまりにも真剣で、思わず頬が緩んだ。


『私、瑞稀様ときちんとお話がしたいです』


車を降りた時、意を決した様な眼差しで俺にそう言った咲月。

内容についてはわからないけど、二人の間に何かあったのは間違いなさそうだから。端から見てそれが、「わざわざ主人に言う事でもないんじゃない?」と言う事だったとしても、二人の関係がスムーズになり、結果、瑞稀の中の心のわだかまりみたなものが無くなり安らかに過ごせるなら、“メイドが主人に話す”はアリなんだって思うんだよ。


「オーナメントは、前の年までのにちょこっと買い足してる感じかな。」


「何かいい店知ってたりする?」とエンジン吹かしながら聞き返してみたら、少しだけ気まずそうに苦笑い。


「少し…作ったりとかしてもいいですか?」

「…それ、いいかも。三カ所だから、全部作んのは大変だけどさ。玄関とダイニングは去年までので飾って、瑞稀の部屋のもんだけ少し手作り混ぜたらいんじゃない?」

「ほ、本当ですか?!」

「圭介と坂本さんにもその線で意見聞いてみようぜ。毎年飾り付けは皆でやってんから。」

「そうなんですね…楽しそう。」



唇が綺麗な弧を描いたら、少しだけ寂しげに瞳を揺らす。


…前の屋敷の事でも思い出してんのかな。

前の屋敷だってクリスマスツリー位飾ったんだろうし。


そういや圭介が言ってたな。

母親が急死して、主人がそれを追うように亡くなったって。
咲月も色んな辛い想いを抱えてんだろうね、きっと。


掌を頭の上に伸ばしたいって衝動に刈られた自分を諌めた。


…その寂しさを埋めるのは俺の役目じゃないもんな、きっと。


「まあさ、こんだけ頑張って準備すんだから、瑞稀も喜んでくれるよ」

「そうですね…頑張らなきゃ。」


今度は瑞稀を思い浮かべたのか、その瞳から憂いの色がスッと消えてまっさらな綺麗な笑顔。


まあ…頑張って?


そんな想いを抱きつつ、アクセルを踏む足に力を込めた。



< 21 / 146 >

この作品をシェア

pagetop