にじいろの向こう側



咲月の言葉の後、訪れた沈黙。


俺…今、何言われた?


腕時計から目を離して目線を移した先には固まって真っ赤になってる咲月の姿。


…忘れてた。


適当に終わらせてやれって、勢いで『1分』って言ったけど、咲月はこういう『不測の事態』に弱い人だったんだよな。

初日、表情を変えた時もそうだった。
俺が突然、腕を引っ張ったら、咄嗟にその顔に表情が現れたっけ。


「あ、あ、あ、あの…」


オーナメントの箱が潰れそうな程抱き締めて、震えを抑えようとしている咲月に、心が勝手に浮かれ出す。



だって、空耳でも何でもない。


俺が聞いたのは、咲月の“本音”



「ち、ち、違うんです、あの…」

「違うの?」


心ん中とは裏腹にあくまで冷静を装って真顔のまま首を傾げてみせる。

だってカッコ悪いじゃん、にやけたら。


「ち、違わないです…。その…違わないのですが…」


はい、『違わない』も頂きました。
もういいよな、これは。


スマホを取り出し、圭介に連絡。


「あ、薮?やっぱり、着替え、咲月に手伝わせるからいいや。お茶ももう夜だしいらないから。ありがとう。」


スマホを切ってすぐに、咲月の左手首をギュッと掴んだ。


「ほら、行くよ。」

「ど、どちらに…」

「着替えでしょ?メイドさん。俺帰って来たばっかりだよ?」


引っ張って、クローゼットの中へと連れ込んで、その扉を閉めた後、手首を解放した。今度はそのまま咲月の頬を両手で包み込む。


昨日も触れたはずなのに、その柔らかな感触に自分でも驚くほど、その先の薄紅の甘美を求め、気持ちが逸る。


「…で?どうする?」

「え…?」

「や、昨日の続き。する?」


その頬の熱さが掌を伝わって俺に届き、目の前の瞳は潤いが増した。



「だ、ダメです!」

「何で。」

「メ、メイドごときに『好きだ』と言われた位で…
遊びであったとしても、軽々しく手近な所でなんて、そんな品位を下げる事。
グループのトップに立つお方が、自分を安売りしてはいけません!」


…一皮むけたら、結構言うじゃん。
でもね、もう無理だよ?後戻りは。

俺は…どうしても咲月が欲しい。


片掌を残したままもう片方の腕でその腰を引き寄せる。


「…あのさ。咲月がどれだけ意を決して俺に話したかは知らないけどね?
主人がメイドに“本気で”手を出すのだって、かなりの度胸が必要なんだよ。」


更に引き寄せ唇同士を近づけたら、互いの吐息が交わった。


「覚悟決めて、大人しく俺にキスされな。」





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