にじいろの向こう側




まあ…確かに違うオトコの話されて面白くもなかったよ?
しかも、『大切』だの『大好き』だのってさ…。

でも、俺自身が知りたかった事でもあったから。

咲月がどこの誰と会っていて、それがどういう奴なのか。
もっと言えば、ここに咲月が勤める事になった経緯だって、ロクに知らなかったわけで。

興味が無ければ、知ろうとは思わないけれど、昨日の事があっての今日だから。

別に、過去に何があったか、とか、彼氏が居たとか居ないとか、そんな事はどうでもよくて、今の咲月が考えている事、思っていることが、過去に関係があるならば、俺にとって知る必要性のあるものだって思った。

そして、それを咲月の口から聞けた事に意義があったと俺は思う。


納得出来たから。咲月の“涙の意味”が。


確かに告白しといて、前の主人が大好きで大切だって話をするのはどうなんだって思う部分もあるけれど。

それはほら、俺に対する感情と、“智樹さん”に対する感情は違うって、咲月の言葉で聞けたから。

まあ、分かっていて聞いたんだけどね。
この人追い詰められると本音がポロッと出るから。

出て来た本音は…俺が求めていたもの以上で。

もうさ…だらしない位に顔がにやけてるって自分でも分かる。


まあ…同時に『大切』って言葉の重みを俺自身が再確認する羽目にもなったけどね。

本当に…大切な人がいなくなるって半端無い虚無感で。
俺は、それを嫌ってほど思い知らされた事があるから。


不意に脳裏に過った『あの人』のお日様みたいな笑顔。


今…どこにいるんだろうな、『あの人』。
まあ、元気ならそれでいいけど。


咲月の柔らかい髪をそっと撫でてあげたら、俺を見つめる瞳が揺れた。


…とにかく。咲月が俺みたいに虚無感を味わう必要はない。いくら今は俺の屋敷のメイドで、会いたいのが前のご主人だからって。


「…因に、この前はどこで会った?その『兄貴』と。」

「河原です。智樹さんは毎週日曜日にそこで絵を書いているので。」

「じゃあ、会うのはその河原で昼間にって事で。申し訳ないけど…できれば屋敷に行くのは…な…。でも、行きたい?どうせなら。」

「い、いえ…さすがにそれはメイドとして失礼にあたるので。」

「……。」


何でいきなりメイドモードに戻るんだよ。
どう考えても、今の話の流れ的に主人としてじゃなくて『俺が』嫌だって方だろ。

経緯を全部聞いても、『男』に会いに行くには変わりないんだからさ…。
主人とメイドって関係から抜けて欲しいんだけど、今は。

なんて、俺の不満は、この真面目一辺倒にはわかんないか。
多分、智樹さんと「一緒に居られる」と思っていたのだって、メイドとして、だもんな。

でも、俺は絶対嫌だから。
メイドとしての咲月だけじゃ。


「…“覚悟”しといて欲しいんだけど。多分ね、智樹さんに会いに行った日の夜は優しくは出来ない。」


きょとんと数回瞼を瞬かせる咲月にちょっと苦笑い。その後、柔らかい唇を啄む様に何度もキスを繰り返す。


…わかんない?
自分が相当ヤバイ奴に好かれたんだって。

咲月が真面目な話を始めようとした瞬間に、『もしかして、会いに行ってたヤツの事?』なんて勝手に深読みして、「俺との時間が先」って自分の欲を優先にした男だよ?俺は。

優しくなんて無理に決まってる。
“智樹さんの余韻”に浸っている咲月の思考を全部、俺に向かせたいって思うに決まってるから。


合間に漏れる吐息と同時に、シーツを握っていたその手を掴むと俺の首に回させた。


まあ、もう遅いけどね、後悔しても。


『私は…瑞稀様の…なんです!』


遠慮なく、俺ので居てもらうつもりなんで。
誰でどんな理由があろうが、他の男に会いに行った日は、俺の『面白くない』って感情がなくなるまでとことん、付き合って貰う、絶対。



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