にじいろの向こう側
◇
…出来ればね?
もう少し、ちゃんとした形でマコの事を咲月に話したかったし、合わせたかった。
まあ…そんな計算不可能なのがマコなわけだけど。
この屋敷に帰って来たマコを最初に見つけたのが咲月で。荷物をこの部屋まで運ぶ為に二人で少し話をしたってだけの事。
『お優しい方ですね。』
唇に綺麗に弧を描く咲月に少しだけ覚えた虚脱感。
散々苦労して考えて手に入れた咲月の笑顔。それをマコは出会ったその日にするりと手に入れる。
これが俺とマコの差ってやつなんだろうな…。
ふっとまた大学の時の出来事が脳裏を過り、胸が締め付けられた。
……大丈夫。
俺はさ…マコが居てくれれば他の事は全部何があっても笑って流せるから。
マコが居なくなる事に比べればどんな事でも些細な事だから。
例え、咲月が俺よりもマコに惹かれても…。
深いため息を零しながら階段を降りて行った先に、圭介が立っていて、いつも通りの笑みを見せて少し会釈した。
「すれ違いで申し訳ございません。私も予期せぬ事で少し動揺してしまいまして…。
真人様の突然は昔からですので、これ位は執事として日頃から覚悟していなければなりませんでした。お恥ずかしい限りです。」
「いや、マコの行動を予期するのは、さすがの圭介も無理だと思うよ?本当に突拍子もないからさ…。」
苦笑いしつつ、圭介に落ち度が無いことを伝えると、その瞳が柔らかさを纏った。
「何事も今、『考えている事』や『覚悟している事』がその通りになるとは限らないと言う事ですね。」
その言葉に思わずドキリと鼓動が跳ねた。
「…では、リビングへ参りましょう。先ほどから、涼太が真人様と一色即発交える勢いですのでお急ぎになられた方が。」
そう言うと、俺をリビングへ歩を進める様に促して、また品良く微笑む圭介。その笑みが俺の心の内を見抜いているのではと思わせる。
まぁ…圭介は大学時代からの付き合いだからな。俺が『万が一』を考えていると勘づいているのかもしれない。
…リビングに居るであろう、涼太も。
息を少しまた吐き出してから入って行った先のリビング。茶色の煉瓦で形作られた疑似暖炉があってそれが真正面に見える形で配置されてる飴色のソファ。
そこに胡座をかいて声高らかに笑うマコとその傍らに立って顔をほころばせて何やら話している涼太の姿。
「…ちょっと想像通りではなかったね。」
「やはり、物事は考えている事とは違う事が起こりうると、言う事ですね。」
圭介と二人、目を合わせて笑い合う。
「瑞稀!圭介!こっち!」
そんな俺達にマコが気が付き、長い両腕をブンブン振って無邪気に呼び寄せた。
「もーさ…。涼太とニュージーランドに居た時の話で盛上がっちゃって…。」
「あん時の真人、凄かったもんな色んな意味で…。って、悪ぃ。昔の癖でつい。真人…サマ?」
「いいよ、呼び捨てで。今日はさ、役職?っつーの?関係なくさ!涼太も圭介も座って!ね、いいよな?瑞稀!」
「まあ、うん。全然いいよ?」
「二人とも座って?」と促したら、二人はソファの前の毛足の長い絨毯の上に胡座をかいて座る。
「こっちのが落ち着くから。」
そう言ったけど…わきまえてるんだよね、ちゃんと。
「…とりあえず、お帰り、マコ。」
マコと少し間を空けてソファに腰を下ろす。途端にマコは俺の方に身体ごと向き直し、穏やかな笑顔を浮かべた。
「…ただいま。」
俺はそれを少し横目で見て、すぐに目を逸らす。
懐かしいやり取り。
いつもそうだった。
真っ直ぐに気持ちをあらわに出来るマコと、素直な感情を表に出したり、伝えるのが苦手な俺。
だけど、マコには何故か伝わる。俺の感情が。
まぁ…でも。
俺もマコもいい大人だから。そんな、真っ直ぐに俺を見て、ニコニコされてもね…。
マコの昔と変わらない笑顔が、気恥ずかしくて小さく咳払い。
「…で?父さんと母さんには?」
「それはもう少し待ってからって思ってるんだけど…。圭介、もしかして連絡しちゃった?」
「いえ、私からは。」
「連絡したらおじさんとおばさんも喜ぶんじゃねーの?」
涼太の言葉に、マコは空笑いしてコーヒーを一口飲んだ。
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