にじいろの向こう側




圭介に見送られて行った会社の社長室。


『手放したくないなら』…か。
俺はそんな風に想ってんのかな、咲月の事


思わず結んでいるネクタイに手をかけた。


『23日、早めのクリスマスの“用意”をしておきます』


“用意”ね…。


コンコン


『失礼致します』と綺麗に一礼して入って来た上田。



「上田、昨日はありがとう。」
「いえ…。」


柔らかな微笑みが珍しく少し寂しそうに見えた。


「どした?元気無い?」


パソコンから目を離して上田を見たら、その表情から憂いがスッと消える。


「お陰様で、体調も万全です」


本当に優秀だよな、上田は。

俺なんて、あんな些細な出来事で心かき乱されて、ずっと不機嫌面だって言うのに。


「上田ってさ、心中穏やかじゃないとかそう言う状況になった事ある?
いつもちゃんとしてるしさ…穏やかだし。」

「…社長が思っている程、私は出来た人間ではありません。」


笑ってはいるけれど…少しまた憂いを帯びた?


「昨日のスケジュール変更で少し今日が過密になります。もしかすると、本日のご帰宅は…。」


上田は、その表情を隠す様にタブレットに目を落とした。


「あ、うん。いいよ。」


そう答えてまた圭介の言葉を思い出す。


『用意』…すると圭介が言うなら、仕方ないだろ。
帰らないと。


「…出来たら23日は帰りたいから、他の日は過密でもいいや。」

「かしこまりました。23日でしたら調整できるかと思います。」

「因に24日は無理だよね?」

「そうですね…5カ所パーティーが入っております。25日は6カ所…」

「…去年より増えてるね。」


苦笑いの俺に、上田が微笑んだ。


「社長に惹かれてる人間は沢山いらっしゃいますので。」

「俺じゃなくて、この会社の社長に、でしょ?」

「そこは社長自身に魅力合っての事。少なくとも私は…社長自身に惹かれております。」


隣へと回って来ると手を伸ばしてネクタイを直す。


「23日は、なるべく早く帰れる様に調整いたします。」


そう言うと、丁寧におじぎをすると部屋を出て行った。


“俺自身”…か。


ふと過った咲月の笑顔。


『“私”がお帰りを心待ちにしているんです』


どうも、咲月と関わると『今まで通り』が通用しないんだよな。

とにかく、子供みたいにいつも必死で、感情が波立つ。
それ故に、ストレスを感じる。

ストレスを感じるのが面倒くさいから、そう言う事には一線置いて冷めて見ていたつもりだったのに。

まあでも。仕方ないな。
そうやってストレス感じても『咲月がいい』って思ってんだから。


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