にじいろの向こう側
.




一日の仕事を終えて、部屋へと戻った23日の夜。
熱めのシャワーを浴びながら、ほうとため息をついた。

結局…あの日以来、瑞稀様はお帰りになっていない。
明日は真人様のお誕生日会を行うことになっているけれど、圭介さんが瑞稀様は、クリスマスイブもクリスマスも毎年スケジュールが過密だと言っていた。


…と、言う事は、お帰りにならない…のかな。

寝巻きに着替えて、戻った部屋で、ふと椅子の上に置いた紙袋に目を向けた。


…お渡しできない…かな、これ。
まあ…帰って来た所で、お渡し出来るか、受け取ってくださるかも定かではないけれど。


深いため息をついてベッドに座ったらコンコンと戸を叩く音がした。


誰だろう?
坂本さんは今日は出掛けていていないし…
圭介さんや涼太さんだったらいつもだったらメッセージをくれるはず…


「はい…」


ドアノブを回して少し開けたら、勢い良くその戸を引っ張られて


「ごめん、入るよ」


瑞稀様が目の前に現れた。


「み、瑞稀様?!」
「しーっ!!」


ドアをパタンと閉めながら、眉を下げる瑞稀様。


いつお帰りになられたんだろう。
圭介さんから連絡なかったけど…。


「俺、今、一旦帰って来てまた出掛けてる事になってるから。」
「は、はあ…」


確かに、瑞稀様、コートを着ていて…まだ中はスーツのままだ。


不思議そうに見た私の頬を瑞稀様の指がキュッと摘む。


「こうでもしなきゃ、咲月の所に来られないんだよ、今。」

「え……?」

「マコと咲月、仲良しだからさ。俺が咲月に会いに行くって言ったら、マコ、ついて来ちゃうでしょ?」

な、仲良し?!


「な、仲良し…とは違う気が…」

「そう?さっきマコから、デートしたって聞いたけど。俺の居ないこの一週間で。」


で、デート?!


「し、していません!あの…確かに、『買い物に付き合って欲しい』と言われて…一度、一緒に外出をさせていただきました…けど…。」

「出掛けてるじゃん、二人で。」

「で、でも、真人様、次の日は坂本さんとお出かけになられていました!メイドとして付き添っただけです!」

「ふーん…。」

「そ、そんな…仲良しとか…デートとか…ご、ご主人様ですよ?
め、メイドの私がそんな事…っ!」


そこで急に唇を塞がれてキュウッて身体が音を立てた。


「…じゃあ聞くけど、俺は何なんだよ、咲月にとって」

「そ、それは…」


『好きな人』

出かかったその言葉を飲み込んだ。


好きだよ。
凄く好き。
前に勢いで告白した時よりもっともっと好きになってる。


だけど…言って良いの?
言ったら今までと同じ事の繰り返しにならない?


瑞稀様の優しさに甘えて、自分の気持ちをさらけ出して…
私はまた、瑞稀様を困らせないの…?


少しだけぼやけた視界の先に眉を下げる瑞稀様が見えた。


「あ~…ごめん。困らせるつもりで来たんじゃないのにね。いいよ、言わなくて。うん。」


「後ろ向いて?」って肩を少し押されたら、髪の束を持ち上げられた。


「瑞稀様…?」
「もうちょっとだからじっとしてて?」


髪に何か付けてる?



「時間なくて急いで買ったけど…まあまあ良さげだね。」



震える手を頭にもって行ったら指先に何かが触れた。



これ…シュシュ?
リボンがついている…。


「クリスマスプレゼント。」


え…?
く、クリスマス…


「この飾りのリボン、取り替えられるようになってんだってさ。店の人が言ってた。もう一つ変えも買って来たけど、リボン外して涼太の花、つけても良いかもね。
あ、因に今回のこれは咲月にだけ。」


ふふって笑い声が耳を掠めて身体が後ろから包まれる。
その温もりに反応して、目頭が熱くなり、ポタンと涙が落ちた。


「何で泣くんだよ。」
「だ、だって…く、クリスマス…プレゼント…だ、なんて…」
「もうすぐクリスマスでしょ?この位当然だろ。」
「だけど…」


私の事、飽きれて愛想付かしたと思っていたのに。
違った…の?


私を包む力が強くなって、首筋に瑞稀様の顔が埋まった。


「…俺さ、どうもマコに弱くて。
兄貴だし、昔から何だか知らないけど一緒にいる時間がもの凄い長かったせいもあって、一緒にいるのが当たり前になってて。
マコが喜ぶと自分もどっか嬉しかったりしてさ。
だからマコがやりたい様にやるのが俺にとっても一番だっていつも思ってた。マコがやる事で嫌だと本気で思った事なんて今まで、一度も無かったし。」


頬に瑞稀様のふわっとした髪が触れている。呼吸と言葉に反応して動くそれが柔らかくて、余計に幸せだって思った。


「だけど…ね。
どうしても嫌だったんだよ、マコの手が咲月の頭を撫でるのが。」


嫌…だった。
私が、真人様に撫でられるのが…?


『一輪挿し、今度は貰っといで。俺もさすの結構得意だから』


不意に思い出した瑞稀様の言葉。

…もしかして、そう言う事…だったの?
でも、真人様は、ご主人様な訳で…
智樹さんもそうだったけれど、ご主人様がメイドの頭を撫でる事はよくある事であって、じゃあ…ご主人様として、私を真人様が撫でるのは嫌…だと?

けれど、瑞稀様がそれほどご主人様として私に執着していると言うのには違和感が…。
では、やはり“瑞稀様自身”が嫌だと思ってくださった…?


「まあ、そんなわけで、ちょっとね、機嫌を悪くしてしまったんですよ、情けない事に。」

考えがまとまらないままの私の肩に、瑞稀様は、自嘲気味に笑いながら顎をのっけた。


「だけどやっぱイマイチでさ…咲月が結んでくれないと。」

「え?」

「や、ネクタイを。」


ギュウッてまた腕に力が籠った


「一日中、何となく仕事に身が入らなくて。」


肩を押されて正面向く。視線の先には、口角をキュッと上げて笑ってる瑞稀様。


「一大事でしょ?会社がまわらなくなるよ?咲月がネクタイ結ばないと。」

「そ、そんな…」


コツリとおでこ同士をつけると、フワリと唇同士を触れさせた。


「だから…まあ、許して?『ネクタイ結びに来んな』なんて言った事は。
その…反省してます。」


どことなく、途切れ途切れの瑞稀様のお言葉に、また視界がぼやけて涙がポタポタと落ちてくる。


抱きしめ直されて、瑞稀様の胸元に顔が埋まる。思わず背中に手を回して「ありがとうございます」と呟いた。

途端、私を抱きしめる腕が少し緩んで、瑞稀様が少しだけ私の顔を覗き込む。


「髪飾りを付けてあげた時より嬉しそうな気がするんだけど。」

「そ、そんな事は…」

「そお?」

「…明日から毎日このシュシュを付けて、瑞稀様のネクタイを結ばせて頂きます。」


煌めきの多い瞳を真っすぐに見つめながら微笑んだら、その瞳がゆっくり近づいて来て、コツンと再びおでこが付けられた。

すぐ目の前には、穏やかな表情をした瑞稀様。
後頭部に置かれた掌が私の頭を優しく撫でてくれている。


やっぱり瑞稀様に撫でて貰うとすごく嬉しい。安心…する。


安心は…するんだけれど。

先ほど抱いた、疑問がどうしても拭いきれない。


『どうしても嫌だった。マコが咲月の頭を撫でるのが』


「……。」


…聞いてみようかな、この際。


「あの…瑞稀様。」

「ん?」

「その…ご主人様はメイドの頭を撫でるのが通例なんですか?」



< 57 / 146 >

この作品をシェア

pagetop