にじいろの向こう側
.
圭介さんに智樹さんとの昔話を聞かせてもらいながら着いた家路。
『休みのとこ、申し訳ない。瑞稀様がお帰りになったんだけど…着替の手伝い、行って貰ってもいい?』
圭介さんからそんなメッセージが入ったのが、夕食を終えて暫く経った頃。
圭介さんの事だから、気を利かせてくれたのかな…私が瑞稀様に会いたいと思っていると分かっていて。
さりげない圭介さんの優しさに感謝して、訪れた瑞稀様のお部屋。
「失礼致します」
「うん、ただいま。」
振り返った瑞稀様がワイシャツの袖のボタンを外しながら「ふうん…」と意味ありげに口角をあげた。
「咲月の私服、そんな感じなんだ」
「え…?」
「いや、何気に初めて見たからさ。」
今度はネクタイを緩めてシュルルと外す、瑞稀様。
「も、申し訳ございません。急いで来たものでいつもの服に着替える暇がありませんで…。」
それを受け取ろうと近づいたら腰を抱かれて引寄せられた。
「今日は『ただいま』っって言うより、『おかえり』か。」
小首を傾げて優しく笑う瑞稀様に目頭が熱くなる。
思わずその胸元に顔を埋めた。
「…圭介が一緒に行っても『会いに来るな』と言われた?」
優しく頭を撫でられて、余計に想いが溢れて来る
「『紹介しといて、会うのはやっぱり良くない』と…。」
「へえ…意外と頑固なんだな、『智樹さん』は。」
「圭介さんもフォローはしてくれたのですが…。」
私も『嫌だ』と言って、それでも聞き入れてくれなくて。
そこまで思い出してふと気が付いたこと。
「……。」
…そうだ、私、そういえば智樹さんに…抱き…
いや、でもあれは私が泣き止まないから…
「……。」
いきなり会話が止まって、瑞稀様が何も感じない訳が無い。
頭を撫でる手が止まった。
「…どうした?」
「い、いえ…えっと…。」
い、言うべき?
でも、あれは、なだめようとして智樹さんがしたおふざけみたいなもんで。
いいかな、言わなくても。
そんな子供染みたエピソード、お話したところで…
「…言いえよ。」
「え?」
「咲月はすぐ顔色に出るんだよ、隠し事しようとする時。」
そ、そうなの?!
身体を離そうとしたら、腰をまたグッと引寄せられた。
「普段は大して表情変わらないのに。テンパると目が白黒するから。」
思わず目を見開いたら瑞稀様が「ほらね?」と面白そうに笑った。
「まあ、別に言わなくてもいいけど。
そしたら、俺は俺で、良からぬ事色々想像して、咲月にあたるだけだから。」
「あ、あたる…」
更に抱き寄せられて、耳元に瑞稀様の唇が触れる。
「決まってんだろ、ベッドの中でだよ。」
その吐息になのか、掠れた低い声色になのかはわからないけれど、思わず
ビクンと身体が反応して強張った。
途端、フワリと浮く身体。
瑞稀様はそのまま、私を横抱きにして、本当にベッドへと向かう。
「お、お待ちください…。
そ、そんなに…その…何をされたと言うわけでは…。」
「じゃあ、サラッと言えよ。勿体ぶってないでさ。」
少し乱暴な言い方とは裏腹に、私を優しく丁寧にベッドへ沈める瑞稀様。
その煌めきの多い瞳が上から私を見下ろす。
その少し妖艶帯びた表情に、思わずコクリと喉を鳴らした。
「…お、怒りませんか?」
「それは聞いてから判断する。」
『怒らない』って言ってくれない…。
「俺は、正直者ですから。そこが人気の理由です」
「人気…」
「そう、これでもね、結構好かれてる方だと思うよ?会社では。」
それは、すごく分かる気がするけれど。瑞稀様はきっと人当たりがお優しいし、上から圧力だけで何かをなさる印象はないから。
あくまでもこのお屋敷で私が接している印象ではあるけれど。
…と、それはともかく。
何となくムッとする私。
「わ、私だって…。」
「何だよ。」
「す、好きです…瑞稀様が。
そ、その…私だけじゃなくて、圭介さんも、涼太さんも、坂本さんも波田さんも皆…。」
皆、瑞稀様の話をする時は、いつも穏やかで楽しそうで。それでいて真面目で。どうしたら瑞稀様が戻られた時に寛いで頂けるのか、いつも考えている。
『俺たちは瑞稀が好きであの屋敷に居る』
涼太さんの言葉が思い出されて、思わず一生懸命に瑞稀様に言葉を投げかけていたのだと思う。
そんな私を瑞稀様はクッと笑った。
「ほ、本当です!」
「うん、ありがとう…でもね?そんなヤキモチじゃ誤摩化されないから。早く言って?」
「……。」
…誤摩化したつもりは無いけれど。
話がそれなかった事に少し残念感を覚えたかも。
「その…ですね。」
「うん」
「『会いに来るな』と智樹さんが頑ななので、私がその…「嫌だ」と駄々をこねまして。」
「…うん。」
「そうしたら、智樹さんが…その…宥めるように、こう…私を抱き寄せまして…。」
「……。」
上から見下ろす表情は、見る見る間に不機嫌の色を濃くしていく。
や、やっぱり…ダメだった…?
そう言うことをされるのは。
で、でもそこにお互い色恋の感情はなく…
「あ、あの…ただのハグです…。私が引き下がらないから仕方なくだと…」
あまりにも瑞稀様が眉間にシワをよせ、口を尖らせ、わかりやすい程に不機嫌さを強調されるから、恐々としながらそう言ったら、ふうと一つ深くため息をついた。
「…何て言われた?」
「え?」
「いや、抱き締めるだけじゃ無かったんじゃないかって思って。無言だったわけ?智樹さんは。」
「えっと…その…」
「うん。」
「…『食べる』って。」
「…は?」
…眉間のシワが更に濃くなった。
そりゃそうですよね。不思議だと思います。
なぜそんなことを言われるのか。
「…私があまりにも言う事聞かないからそんな事言ったんだと思います。
昔から時々言われていたんです、智樹さんには。
私が、我侭を言うと、困った様に笑って…
『咲月ちゃん…食べちゃうよ』と。
そうすると、私が面白がって機嫌が直ったり素直に良い子になっていたので…。」
真顔で私の説明を聞いていた瑞稀様が、その目を細めて、ふうとまた深くため息をついた。
それから、口は相変わらず尖ったままで、私に被さる様に近づいてぎゅっと抱き寄せると首筋に顔を埋める。
「……。」
「あ、あの…。瑞稀様…」
「うるさい。」
不機嫌で早口な言葉。
こ、これは…お、怒っていらっしゃる…
「…ムカつく。」
…かなり。
「咲月。」
「は、はい…」
恐る恐る返事をした次の瞬間、グイッと身体が起こされ、引き寄せられる。
そのまま乱暴に塞がれた唇。
一度離れたら、下唇に舌の生暖かい感触が這って
「っ…!」
反応して少しだけ開いた口の隙間から舌が入って来て絡まり合った。
「んん…っ」
少し引けた腰をグッと引寄せられ、また角度を変えて塞がれる。
強引で、吐息すら許さない様なキスを繰り返されて、そこに息苦しさを覚え、思わず瑞稀様のシャツを握ったけれど。
少しずつ、少しずつ、キスを重ねる度に優しく丁寧なキスに変わる。
それからどれくらい繰り返していたかは定かではないけれど、唇を離した瑞稀様は、今度はおでこ同士をくっつけた。
「咲月、当分外出禁止ね。休日は坂本さんとでも行動しなさい。」
が、外出…禁止…
「み、瑞稀様…」
「うるさい。絶対だめ。どこにも行かせない。」
「それではその…仕事に支障が…」
「……。」
瑞稀様がふうと再びため息を深くついた。
「…お前は“俺の”なんだよ。」
そう言うと、そっと瞼にその唇が触れる。
「他の男が抱きしめて良いわけないだろ。」
次は耳の付け根
「あ、あの…智樹さんは…」
「うるさい。」
鼻、頬、首筋…沢山キスが降って来る
「あ、あの…。」
戸惑って肩を少し押したら、また瑞稀様は不服満載に口を少し尖らせて、目を細める。それから私を抱き締め直し、首筋に顔を埋めた。
「…脱がすよ。」
「え?!い、今ですか?!」
背中で下着のホックが外れる感触
う、うそ…だってまだ、そんなに遅くない時間なのに…。
「あの、しゃ、シャワーも浴びていないですし…その…んんっ」
慌てて止めようとしたら、邪魔するなと言わんばかりにまた唇が塞がれた。
「…言い訳はもう聞きたくない。それに会いに行った日は優しく出来ないって前にも言っただろ。」
確かに、言われたよ?
言われたけど…ど、どうしよう…
戸惑ってるうちにスルリと掌が服の中へと入って来る。
その指先の誘惑に
…圭介さんがここに来なさいと言ったんだし、大丈夫…かな。
なんて、負けてしまったのがいけなかったんだと思う。
「咲月…」
掠れた甘え声に、瑞稀様の首に腕をまわした瞬間
コンコン
「失礼いたしま…」
開いたドアには
夜のお茶を運んで来た坂本さんの姿。
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圭介さんに智樹さんとの昔話を聞かせてもらいながら着いた家路。
『休みのとこ、申し訳ない。瑞稀様がお帰りになったんだけど…着替の手伝い、行って貰ってもいい?』
圭介さんからそんなメッセージが入ったのが、夕食を終えて暫く経った頃。
圭介さんの事だから、気を利かせてくれたのかな…私が瑞稀様に会いたいと思っていると分かっていて。
さりげない圭介さんの優しさに感謝して、訪れた瑞稀様のお部屋。
「失礼致します」
「うん、ただいま。」
振り返った瑞稀様がワイシャツの袖のボタンを外しながら「ふうん…」と意味ありげに口角をあげた。
「咲月の私服、そんな感じなんだ」
「え…?」
「いや、何気に初めて見たからさ。」
今度はネクタイを緩めてシュルルと外す、瑞稀様。
「も、申し訳ございません。急いで来たものでいつもの服に着替える暇がありませんで…。」
それを受け取ろうと近づいたら腰を抱かれて引寄せられた。
「今日は『ただいま』っって言うより、『おかえり』か。」
小首を傾げて優しく笑う瑞稀様に目頭が熱くなる。
思わずその胸元に顔を埋めた。
「…圭介が一緒に行っても『会いに来るな』と言われた?」
優しく頭を撫でられて、余計に想いが溢れて来る
「『紹介しといて、会うのはやっぱり良くない』と…。」
「へえ…意外と頑固なんだな、『智樹さん』は。」
「圭介さんもフォローはしてくれたのですが…。」
私も『嫌だ』と言って、それでも聞き入れてくれなくて。
そこまで思い出してふと気が付いたこと。
「……。」
…そうだ、私、そういえば智樹さんに…抱き…
いや、でもあれは私が泣き止まないから…
「……。」
いきなり会話が止まって、瑞稀様が何も感じない訳が無い。
頭を撫でる手が止まった。
「…どうした?」
「い、いえ…えっと…。」
い、言うべき?
でも、あれは、なだめようとして智樹さんがしたおふざけみたいなもんで。
いいかな、言わなくても。
そんな子供染みたエピソード、お話したところで…
「…言いえよ。」
「え?」
「咲月はすぐ顔色に出るんだよ、隠し事しようとする時。」
そ、そうなの?!
身体を離そうとしたら、腰をまたグッと引寄せられた。
「普段は大して表情変わらないのに。テンパると目が白黒するから。」
思わず目を見開いたら瑞稀様が「ほらね?」と面白そうに笑った。
「まあ、別に言わなくてもいいけど。
そしたら、俺は俺で、良からぬ事色々想像して、咲月にあたるだけだから。」
「あ、あたる…」
更に抱き寄せられて、耳元に瑞稀様の唇が触れる。
「決まってんだろ、ベッドの中でだよ。」
その吐息になのか、掠れた低い声色になのかはわからないけれど、思わず
ビクンと身体が反応して強張った。
途端、フワリと浮く身体。
瑞稀様はそのまま、私を横抱きにして、本当にベッドへと向かう。
「お、お待ちください…。
そ、そんなに…その…何をされたと言うわけでは…。」
「じゃあ、サラッと言えよ。勿体ぶってないでさ。」
少し乱暴な言い方とは裏腹に、私を優しく丁寧にベッドへ沈める瑞稀様。
その煌めきの多い瞳が上から私を見下ろす。
その少し妖艶帯びた表情に、思わずコクリと喉を鳴らした。
「…お、怒りませんか?」
「それは聞いてから判断する。」
『怒らない』って言ってくれない…。
「俺は、正直者ですから。そこが人気の理由です」
「人気…」
「そう、これでもね、結構好かれてる方だと思うよ?会社では。」
それは、すごく分かる気がするけれど。瑞稀様はきっと人当たりがお優しいし、上から圧力だけで何かをなさる印象はないから。
あくまでもこのお屋敷で私が接している印象ではあるけれど。
…と、それはともかく。
何となくムッとする私。
「わ、私だって…。」
「何だよ。」
「す、好きです…瑞稀様が。
そ、その…私だけじゃなくて、圭介さんも、涼太さんも、坂本さんも波田さんも皆…。」
皆、瑞稀様の話をする時は、いつも穏やかで楽しそうで。それでいて真面目で。どうしたら瑞稀様が戻られた時に寛いで頂けるのか、いつも考えている。
『俺たちは瑞稀が好きであの屋敷に居る』
涼太さんの言葉が思い出されて、思わず一生懸命に瑞稀様に言葉を投げかけていたのだと思う。
そんな私を瑞稀様はクッと笑った。
「ほ、本当です!」
「うん、ありがとう…でもね?そんなヤキモチじゃ誤摩化されないから。早く言って?」
「……。」
…誤摩化したつもりは無いけれど。
話がそれなかった事に少し残念感を覚えたかも。
「その…ですね。」
「うん」
「『会いに来るな』と智樹さんが頑ななので、私がその…「嫌だ」と駄々をこねまして。」
「…うん。」
「そうしたら、智樹さんが…その…宥めるように、こう…私を抱き寄せまして…。」
「……。」
上から見下ろす表情は、見る見る間に不機嫌の色を濃くしていく。
や、やっぱり…ダメだった…?
そう言うことをされるのは。
で、でもそこにお互い色恋の感情はなく…
「あ、あの…ただのハグです…。私が引き下がらないから仕方なくだと…」
あまりにも瑞稀様が眉間にシワをよせ、口を尖らせ、わかりやすい程に不機嫌さを強調されるから、恐々としながらそう言ったら、ふうと一つ深くため息をついた。
「…何て言われた?」
「え?」
「いや、抱き締めるだけじゃ無かったんじゃないかって思って。無言だったわけ?智樹さんは。」
「えっと…その…」
「うん。」
「…『食べる』って。」
「…は?」
…眉間のシワが更に濃くなった。
そりゃそうですよね。不思議だと思います。
なぜそんなことを言われるのか。
「…私があまりにも言う事聞かないからそんな事言ったんだと思います。
昔から時々言われていたんです、智樹さんには。
私が、我侭を言うと、困った様に笑って…
『咲月ちゃん…食べちゃうよ』と。
そうすると、私が面白がって機嫌が直ったり素直に良い子になっていたので…。」
真顔で私の説明を聞いていた瑞稀様が、その目を細めて、ふうとまた深くため息をついた。
それから、口は相変わらず尖ったままで、私に被さる様に近づいてぎゅっと抱き寄せると首筋に顔を埋める。
「……。」
「あ、あの…。瑞稀様…」
「うるさい。」
不機嫌で早口な言葉。
こ、これは…お、怒っていらっしゃる…
「…ムカつく。」
…かなり。
「咲月。」
「は、はい…」
恐る恐る返事をした次の瞬間、グイッと身体が起こされ、引き寄せられる。
そのまま乱暴に塞がれた唇。
一度離れたら、下唇に舌の生暖かい感触が這って
「っ…!」
反応して少しだけ開いた口の隙間から舌が入って来て絡まり合った。
「んん…っ」
少し引けた腰をグッと引寄せられ、また角度を変えて塞がれる。
強引で、吐息すら許さない様なキスを繰り返されて、そこに息苦しさを覚え、思わず瑞稀様のシャツを握ったけれど。
少しずつ、少しずつ、キスを重ねる度に優しく丁寧なキスに変わる。
それからどれくらい繰り返していたかは定かではないけれど、唇を離した瑞稀様は、今度はおでこ同士をくっつけた。
「咲月、当分外出禁止ね。休日は坂本さんとでも行動しなさい。」
が、外出…禁止…
「み、瑞稀様…」
「うるさい。絶対だめ。どこにも行かせない。」
「それではその…仕事に支障が…」
「……。」
瑞稀様がふうと再びため息を深くついた。
「…お前は“俺の”なんだよ。」
そう言うと、そっと瞼にその唇が触れる。
「他の男が抱きしめて良いわけないだろ。」
次は耳の付け根
「あ、あの…智樹さんは…」
「うるさい。」
鼻、頬、首筋…沢山キスが降って来る
「あ、あの…。」
戸惑って肩を少し押したら、また瑞稀様は不服満載に口を少し尖らせて、目を細める。それから私を抱き締め直し、首筋に顔を埋めた。
「…脱がすよ。」
「え?!い、今ですか?!」
背中で下着のホックが外れる感触
う、うそ…だってまだ、そんなに遅くない時間なのに…。
「あの、しゃ、シャワーも浴びていないですし…その…んんっ」
慌てて止めようとしたら、邪魔するなと言わんばかりにまた唇が塞がれた。
「…言い訳はもう聞きたくない。それに会いに行った日は優しく出来ないって前にも言っただろ。」
確かに、言われたよ?
言われたけど…ど、どうしよう…
戸惑ってるうちにスルリと掌が服の中へと入って来る。
その指先の誘惑に
…圭介さんがここに来なさいと言ったんだし、大丈夫…かな。
なんて、負けてしまったのがいけなかったんだと思う。
「咲月…」
掠れた甘え声に、瑞稀様の首に腕をまわした瞬間
コンコン
「失礼いたしま…」
開いたドアには
夜のお茶を運んで来た坂本さんの姿。
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