にじいろの向こう側
.
背を向けたままの坂本さんの表情が分からなくて、少しだけ覚えた“恐さ”。
早くなる鼓動から起こった少しの震えをギュッと拳を握って抑えた。
「もちろん、人間的に…というのはあります。尊敬もしていますし、凄い方だな…と思いますし。
けれど、それとは違う感情も抱いています。」
「……。」
「“メイドとして”だけじゃなく、私個人として、瑞稀様のお側に居たいと言う気持ちを強く持っているんです。
もちろん、相手はご主人様で、そんな事、恐れ多い…御法度な事なのだと言うのも理解はしているつもりです。
けれど、お側に居たいと言う気持ちは変えられません。」
「……。」
理解してもらえなくても、それは仕方がない。
けれど、やっぱりずっと内緒にしておくって言う方が、坂本さんに対する裏切りだって思うから。
その位、坂本さんを私は好きだから。
だから、こんな形で話をする前にきちんとお話をするべきだった。
「すみません…いつかはきちんとお話しなければ、と思っていたのですが…。
中々タイミングが掴めずにこんな自体になってしまいまして。」
「…ホントよ。」
フウッて溜息が聞こえて来て、ドキンと音を立てた。
同時に振り返った坂本さんの表情は、少しあきれ顔で。
「はい、これ。」
私の目の前に、黒いスカーフを差し出した。
「……え?」
覚悟していたのとは大分違う反応で、差し出されたそれに理解ができなくて、思わず素っ頓狂な返事をしてしまう。
「『え?』じゃないわよ。このスカーフはね、昔は首に付けて仕事してたの。
今のメイドの服に変わってから、襟があるから付けなくなってたけど……。
明日からこれ、首に巻いて仕事しなさい。私もつけるから。
見えてるわよ?ここ。」
そんな私の首筋を、坂本さんが指す。
見えて…いる?
横にあった鏡を覗き込んだら、首筋にくっきりと残る、赤い痕。
「っ!?」
み、瑞稀様……。
少しイタズラな笑顔が目の前にちらついて項垂れたら
「まあ、瑞稀様らしいわ、そう言う所。」
苦笑いの坂本さんが鏡の後ろに現れた。
「昔からね、何か、一筋縄じゃいかないのよ、気持ちの表し方が。
まあ、真人様はそう言う所が可愛くてしょうがなかったみたいだけどね。」
また溜息を尽きながらも、今度は柔らかい笑顔。
「あ、あの、怒って…いないんですか?」
「もちろん怒ってはいるわ。
でもそれは、咲月ちゃんが瑞稀様と恋愛している事に対してじゃないわよ?
『もう少し早く教えて欲しかった』と言うのと…不覚にも鉢合わせしてしまった自分の不甲斐なさにね。」
坂本さんの言葉に思わず目を見開いた。
「あ、あの…もしかして…。」
「そうねぇ…いつ頃だったかしら。もうだいぶ経つわね。『そうなんだろうな』って思ってから。」
う、うそ…。
口を両手で隠した私を今度は面白そうに笑う坂本さん。
「伊達に20年はここでメイドやってないわよ?
瑞稀様の様子が変わった事位、簡単に見抜けるわ。」
と、言う事は…知っていて知らないフリをしていてくれた…。
だって、ずっと変わらなかった。
坂本さんはいつも優しくて、仕事を丁寧に教えてくれていた。
視界がぼやけ、俯いたら、そのままポタン…雫が落ちて来る。
「まあ、ほら、若い二人の事だからね?本気かどうかも分からないじゃない?
それをただのメイドである私が横やり入れてもね。
それに、そう感じてからも、咲月ちゃんが仕事をおろそかにする事なんて一度も無かったし。
だから、本気なら、きっと咲月ちゃんは話してくれる子なんじゃないかなって勝手に思い込んでて。
まあ、だからこそ、ちょっとムッとしたのね。あんな現場に遭遇する前に、話して欲しかったなって。」
「私も我侭ね~」とカラカラ笑う坂本さんの腕が伸びてきて、私の背中をさすってくれる。
その掌が暖かくて、余計に涙が込み上げた
「す、すみません…。」
「いいのよ!咲月ちゃん、言い訳、一切しなかったもの。だからね?ちゃんと伝わった。
偉いわよ?そうやってしっかり話が出来るのは。」
「ほら、私、恐いでしょ?」って笑う坂本さんに思わず頬が緩んだ。
…本当に私は恵まれている。
ご主人様も優しくて、先輩もこうやって理解を示してくれて。
「まあ、確かに、御法度な感じではあるけど…。でも、咲月ちゃんの想う様に頑張ってみるのは悪くないって思うわよ?
まあ、大変な事は沢山あると思うけど。」
「はい…。」
「も~!分かってるの?大変の意味が!」
「え?あ、あの…何となくは。」
「まあ…いいわ。とりあえず、明日からスカーフは巻く事。
そうしないと、圭介さんの顔がにやけっぱなしで、大変だろうから。」
圭介…さん、そうなんだ。
と言うか、坂本さん、そんな所までちゃんと見ているんだな…。
冷静で、広い目と心を持っている。やっぱり凄いな…坂本さんは。
「明日から、公に楽しめて私も何か、生活にハリがでるわ~!まあ、お仕事はきっちりやりますけどね?」
くふふって含み笑いする坂本さんに思わず私も同じ様に含み笑いが溢れた。
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背を向けたままの坂本さんの表情が分からなくて、少しだけ覚えた“恐さ”。
早くなる鼓動から起こった少しの震えをギュッと拳を握って抑えた。
「もちろん、人間的に…というのはあります。尊敬もしていますし、凄い方だな…と思いますし。
けれど、それとは違う感情も抱いています。」
「……。」
「“メイドとして”だけじゃなく、私個人として、瑞稀様のお側に居たいと言う気持ちを強く持っているんです。
もちろん、相手はご主人様で、そんな事、恐れ多い…御法度な事なのだと言うのも理解はしているつもりです。
けれど、お側に居たいと言う気持ちは変えられません。」
「……。」
理解してもらえなくても、それは仕方がない。
けれど、やっぱりずっと内緒にしておくって言う方が、坂本さんに対する裏切りだって思うから。
その位、坂本さんを私は好きだから。
だから、こんな形で話をする前にきちんとお話をするべきだった。
「すみません…いつかはきちんとお話しなければ、と思っていたのですが…。
中々タイミングが掴めずにこんな自体になってしまいまして。」
「…ホントよ。」
フウッて溜息が聞こえて来て、ドキンと音を立てた。
同時に振り返った坂本さんの表情は、少しあきれ顔で。
「はい、これ。」
私の目の前に、黒いスカーフを差し出した。
「……え?」
覚悟していたのとは大分違う反応で、差し出されたそれに理解ができなくて、思わず素っ頓狂な返事をしてしまう。
「『え?』じゃないわよ。このスカーフはね、昔は首に付けて仕事してたの。
今のメイドの服に変わってから、襟があるから付けなくなってたけど……。
明日からこれ、首に巻いて仕事しなさい。私もつけるから。
見えてるわよ?ここ。」
そんな私の首筋を、坂本さんが指す。
見えて…いる?
横にあった鏡を覗き込んだら、首筋にくっきりと残る、赤い痕。
「っ!?」
み、瑞稀様……。
少しイタズラな笑顔が目の前にちらついて項垂れたら
「まあ、瑞稀様らしいわ、そう言う所。」
苦笑いの坂本さんが鏡の後ろに現れた。
「昔からね、何か、一筋縄じゃいかないのよ、気持ちの表し方が。
まあ、真人様はそう言う所が可愛くてしょうがなかったみたいだけどね。」
また溜息を尽きながらも、今度は柔らかい笑顔。
「あ、あの、怒って…いないんですか?」
「もちろん怒ってはいるわ。
でもそれは、咲月ちゃんが瑞稀様と恋愛している事に対してじゃないわよ?
『もう少し早く教えて欲しかった』と言うのと…不覚にも鉢合わせしてしまった自分の不甲斐なさにね。」
坂本さんの言葉に思わず目を見開いた。
「あ、あの…もしかして…。」
「そうねぇ…いつ頃だったかしら。もうだいぶ経つわね。『そうなんだろうな』って思ってから。」
う、うそ…。
口を両手で隠した私を今度は面白そうに笑う坂本さん。
「伊達に20年はここでメイドやってないわよ?
瑞稀様の様子が変わった事位、簡単に見抜けるわ。」
と、言う事は…知っていて知らないフリをしていてくれた…。
だって、ずっと変わらなかった。
坂本さんはいつも優しくて、仕事を丁寧に教えてくれていた。
視界がぼやけ、俯いたら、そのままポタン…雫が落ちて来る。
「まあ、ほら、若い二人の事だからね?本気かどうかも分からないじゃない?
それをただのメイドである私が横やり入れてもね。
それに、そう感じてからも、咲月ちゃんが仕事をおろそかにする事なんて一度も無かったし。
だから、本気なら、きっと咲月ちゃんは話してくれる子なんじゃないかなって勝手に思い込んでて。
まあ、だからこそ、ちょっとムッとしたのね。あんな現場に遭遇する前に、話して欲しかったなって。」
「私も我侭ね~」とカラカラ笑う坂本さんの腕が伸びてきて、私の背中をさすってくれる。
その掌が暖かくて、余計に涙が込み上げた
「す、すみません…。」
「いいのよ!咲月ちゃん、言い訳、一切しなかったもの。だからね?ちゃんと伝わった。
偉いわよ?そうやってしっかり話が出来るのは。」
「ほら、私、恐いでしょ?」って笑う坂本さんに思わず頬が緩んだ。
…本当に私は恵まれている。
ご主人様も優しくて、先輩もこうやって理解を示してくれて。
「まあ、確かに、御法度な感じではあるけど…。でも、咲月ちゃんの想う様に頑張ってみるのは悪くないって思うわよ?
まあ、大変な事は沢山あると思うけど。」
「はい…。」
「も~!分かってるの?大変の意味が!」
「え?あ、あの…何となくは。」
「まあ…いいわ。とりあえず、明日からスカーフは巻く事。
そうしないと、圭介さんの顔がにやけっぱなしで、大変だろうから。」
圭介…さん、そうなんだ。
と言うか、坂本さん、そんな所までちゃんと見ているんだな…。
冷静で、広い目と心を持っている。やっぱり凄いな…坂本さんは。
「明日から、公に楽しめて私も何か、生活にハリがでるわ~!まあ、お仕事はきっちりやりますけどね?」
くふふって含み笑いする坂本さんに思わず私も同じ様に含み笑いが溢れた。
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