にじいろの向こう側




「失礼致します。」


咲月が部屋を出て行って程なくしてから圭介が現れた。


「先ほどは、大変失礼を致しました。」


少し含み笑いの圭介に目を細めて溜息。


大方、咲月の首でも見たんだろう。
まあ、いいんだけどね、そこは。

それよりも気になること。


「…珍しいね、ああ言う事が起こるの。」


と言うか、圭介が執事として俺に仕えてから初めてかもしれない。
この屋敷の中で、バッティング的な事が起こるの。

真人でさえ、ドアの前で止めて、俺が自ら開くまでは開けさせなかった位だから。


「申し訳ございません。電話がかかって来ていて対応していたもので…。」


成る程、そこは『坂本さんゆえ』だったわけだ。確かに坂本さんなら、圭介が忙しそうにしていたら、ささっとやってしまおうと思うのが常だしな。


「鳥屋尾が今、坂本さんと話しているかと。」
「うん。『私が話して来ます』って出てった。」


『私が話したいです』


…今までに無い位意志の強い目をしてたよな。

信じるしかないよね、今は。


「んで?どうだったの?今日は」

「はい。やはり、会う事については拒否されまして。」

「うん、それは咲月からも聞いた。」

「…実はですね、私もなんです。」


タブレットをスワイプする指が思わず止まった。


「圭介も…?」


や、だって高校時代の友達でしょ?
自分とこのメイドの再就職先のツテとして頼る程の仲なんでしょ?


怪訝そうな俺の顔に圭介が眉を下げた。


「…知り合いとの交流を一切断ちたいと思っているのか、私や鳥屋尾だからなのかは定かではありませんが…言い方が少し気になりまして。」

「言い方?」

「はい。鳥屋尾と話をした後、私と二人で話た時に『圭介も、俺にもう関わらないで』と。」


…『会いに来んな』じゃなくて『関わらないで』…か。


また溜息ついて、デスクにタブレットを置いたら、横にハーブティーが添えられた。


「ねえ、圭介。『佐野智樹』について…『佐野家』について、圭介はどの位知ってんの?」

「それほどは…。高校時代は、本当に穏やかにすごしていましたし…まさかそんな事態になるとは、私も予想出来ませんで。
彼の絵の才能が素晴らしいこと以外はあまり。」

そうか…。

ハーブティーを口に含んだら、少しの酸味が口の中に広がって、少しだけ顔を歪めた。

ごめん、咲月…。申し訳ないけれど、少し、『智樹さん』の事知らないといけないかも。


「薮、少しさ…その…調べられる?」

「…瑞稀様が仰せとあれば。」


優しく微笑む圭介に、ちょっとだけ胸が痛んだ。


「ごめん。」


そのまま少し首を傾げる。


「だってさ…友達なわけでしょ?
その…卒業してからも、咲月の就職先について圭介を頼って来る位繋がってる位のさ…。」


俺がそう辿々しく言ったら、クッとその厚ぼったい唇の端が上がった。


「確かに、『調べる』と言う形で友達を知るのはマナー違反ですね。
ですが、私自身も知りたいのです。
彼の、真意を。」


…本当によく出来た執事だよ、圭介は。

と、言うより、“薮圭介”がこういう凄い人間なんだと思う。


圭介…ありがとう、俺と居てくれて。


「でもさ、時間あるの?調べるってなったら結構大変じゃない?」

「ちょっと奥の手を使わせてもらおうかなと…。
知り合いに、探偵をしてる者がおりまして。」

「探偵…。信用出来るの?そう言う類いって。使った事無いから良くわかんないけど。」

「探偵全部が信用出来るかどうかはわかりませんが、その人物は信用できるかと。
弁護士と探偵の二足のわらじを踏んでいるちょっと変わった者でして。
元々は弁護士だったのを、誘われて探偵になったらしいのですが。」

「弁護士から探偵…確かに不思議な選択をしたね。」


首を傾げたら、面白そうに笑う圭介。


「そうですね。それだけの魅力があったのではと思います。声をかけられた相手に。」


丁寧に食器をワゴンに並べると別のポットを手にした。それから俺に視線を向ける。


「…仕事の魅力って内容だけじゃねーんじゃねーかなって、俺は思うし。
“共にする人”って重要でしょ?だから、気持ちはわかるかな、そいつの。」


その眼差しが、あまりにも優しくて、柔らかくて照れくさくなって、思わず誤魔化す様にタブレットを手に取り、目線を外した。


「そんなに魅力があったんだ、探偵に誘った相手。」

「その昔、巷で『最強の探偵』と呼ばれていたらしいですよ?」


傍らに置かれたカップから今度は少し甘い香り。
チラッと視線をあげたら、またニコリと微笑まれて、また照れくさくなった。


「…まあともあれ、薮の言う事だったら俺は異論は無いから。よろしくお願いします。」

「かしこまりました。」


品の良い会釈をすると、丁寧にワゴンを押して出て行く圭介。


ドアが閉まると溜息ついて、天井を仰いだ。
そのまま時計に目線を移すともう22時を回っている。


…咲月は、話が出来たかな。

ふわりと浮かぶその穏やかな笑顔。

思わず、ふうとため息を再び出した。


…『調べる』事が、少しは咲月の役に立てばいいけどな。





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