にじいろの向こう側



圭介が立ち去って数分後。


コンコン


ノック音が再び響いた。



「どうぞ」



俺の言葉にドアが遠慮がちに開かれたら、そこには坂本さんの姿。


「先ほどは申し訳ございませんでした。」


丁寧におじぎをし、そう品良く告げた。


「私とした事が、お返事前にドアを開くと言う失態を。」
「や…うん。事情は薮からも聞いたから。」


本当に珍しい事故だったと思う。
圭介の指示出し忘れも、坂本さんのドアの開き方も。


「…わざとじゃないよね?」
「わざとではありませんが、少々冷静ではなかったのは否定出来ません。」


眉をひそめる俺に、苦笑いの坂本さん。


「圭介さんが、瑞稀様がお帰りになったと言うのに、珍しく真剣に電話でやり取りをされていたものですから。
何か、不測の事態でも起こったのかと…気がそちらに逸れてしまっていまして。」


恐らく、圭介が連絡を取っていたのは、その“探偵”だろう。
俺が、『調べたい』と言い出すと予測しての根回し。

まあ、さすがにこの段階で、相手に内容を話す何て馬鹿な事はしてないだろうけれど、依頼を受けて貰えるのか打診をしていたのだと思う。

今日の今日だからな…そりゃ時間も無いから。
俺の部屋に行く前にと圭介としては焦っていたんだと思う。


だから、ああ言う事態につながった。

その位『智樹さん』の反応が圭介的にも気になっていたと言う事か…。


それにしても本当に凄いよな、圭介も坂本さんも。

瞬時に判断をして、何をすべきか考える。
それを、静かにこなしていく。

しかもそれが仕事をする相手の顔色や態度をきちんと見て、察しながらだから。

俺は、贅沢な環境に身を置いてるんだと、改めて思ったわ。



「それでは、私はこれで。夜のお仕度がまだ途中の様ですので、鳥屋尾が後ほど参ります。」


坂本さんのにっこり笑顔にどこか、『身内に見られた』と言う恥ずかしさが込み上げて、今度は俺が苦笑い。


昔から、坂本さんはそうだった。



仕事は完璧、少し恐さすら感じる程、熱心で。
だからこそ、ちゃらんぽらんな他のメイドに対して、本当に厳しかった。


けれど俺達と接する時は暖かさを感じるほど、優しくて。どんなに俺が荒れていても、機嫌が悪くても。変わらず、微笑んで「おかえりなさいませ」と迎え入れてくれていた。


『大切にしなよ』


そうだね、マコ。
坂本さんも大切にしないといけない一人だ。


この人の存在無くして、この家は成り立たないと思うから。


そして


「それから…圭介さん達が落ち着かなくなる様な行動は控えて頂けると。というのが、私達メイドの希望でございます。」


誰もきっと、この人には敵わないしね、この家で。


コンコン


「失礼致します」


咲月が坂本さんと入れ違いで入って来た。
少しだけバツの悪そうなその顔に、思わず頬が緩んで口元を隠して笑う。


「…瑞稀様。」

「はい、なんでしょう。」


ドアを閉めて、そこへ立ち尽くして口を尖らせてる咲月がどうしようもなく可愛くて自ら近づいてって腕の中に収めた。


「や…ほら、まあ、勢いでそう言う事もあるでしょ?
大体、気が付かないって、どんだけ鈍感なんだよ、咲月の首は。」

「そ、それは、ちょ、ちょっと慌ててたから…」


遠慮がちに掴まれた服の裾が嬉しくて、首筋に顔を埋めた。


「偉いじゃん。ちゃんと坂本さんと話せたみたいで。」

「…偉いのは、私ではなく坂本さんかと。」

「まあ…そうだね。坂本さんは本当に大人だって思ったよ。」


でもさ?
それをさっ引いても、ちゃんと俺の彼女だって宣言してくれた事がね?嬉しいんだよ、俺は。

咲月も、『覚悟』してくれてんだね、それなりにって。


「…さて、風呂でも行きます?」


俺の言葉に「え?!」と勢い良く離れた体を腰を抱いて阻止した。


「えっと…あの…。」


…テンパリだした。
よくこんなんで坂本さんと対峙できたね、この人。


心の中でニンマリしつつ


「主人命令。背中を流させなさい。」

「流さ…?や、あの…せめて『流しなさい』…では。」

「主人の言う事にケチつけるなんていい度胸してんじゃん。」


口づけを落としたら


「ん…。」


咲月の口から漏れる吐息が極上の甘さを纏って、より深いキスへと変化して、離れがたい程の心地良さを生み出した。


…今日はまあ、ゆっくり二人で過ごさせて貰うよ。


周囲の人達の『暖かさ』と『想い』に感謝して。





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