にじいろの向こう側




何となくの胸騒ぎをそのままに行ったリビング。

先に来ていた波田さんと涼太さんと待っていたら、圭介さんが足早に入って来た。


「ごめん、お待たせして。」


穏やかな笑みを浮かべつつ、少し早口でそう言う。

圭介さん…少し慌てている…というか、緊張している?


その理由が、伝えられた内容ですぐにわかった。


「あまり時間がないから、一回で覚えて下さい。
明日…恐らく午前中のうちに、旦那様と奥様がお帰りになります。」


旦那様と奥様…と言う事は、瑞稀様のお父様とお母様…。


波田さんと涼太さんが同時に私を見たのが目の端に映った。


「今、ベトナムに滞在中なんだけど、旧正月を終えて
一度日本へ戻ろうとお考えになったみたいで。」


圭介さんは少し眉を下げて苦笑いしながら、事の説明を駆け足でしている。


「瑞稀様にはお伝えはしたけどね。なんせ、今はニューヨークで…すぐに返って来ると言うのは難しいみたい。」


三人の視線を受けながらの、一瞬の沈黙。


…心配されてるな、私。


ギュッと掌を軽く握った。

瑞稀様との事をどうすれば良いか、考えなきゃいけないのは確かだけれど、
それは、瑞稀様が帰って来ない事には、私一人の意志でどうこう出来る事じゃない。

それよりもその前に成すべき事がある。メイドとして。


「あの…圭介さん、何からすればいいですか?
お部屋の掃除はしていますが、リネンは…。」


私が口を開いたら、圭介さんの瞳に優しい色が生まれて、唇の片端がクッとあがる。


「旦那様の方がね、枕にこだわりがある方でさ。
昔使ったものを一応明日仕上がりで、クリーニングに出せるか、坂本さんに今、確認してもらっているよ。それから…」


圭介さんのテキパキとした説明に、波田さんと涼太さんの顔つきも、心配の色が消えて、一気に引き締まる。


「圭介さん、お二人が好きな香りだと、シンビジュームと、デンドロビュームが、今、咲いてる花なんだけど、それで大丈夫か向こうの執事に確認出来る?」

「ああ、うん。確認とっとく。」

「ベトナムからのお帰りですと、恐らく、洋食を召し上がりたいとおっしゃいますね。
少し、食材の買い出しに行きますので、確認が取れてるようでしたら、ついでに枕をクリーニングに出して参ります。」

「ありがとう、波田さん。お願いします」

「いえ、圭介さんにとっても…色々緊張する所でしょうから。」

「だね。まあ、俺らで完璧に準備すんからさ。ゆっくり指示出して?」


涼太さんが波田さんの言葉を受けて圭介さんの肩をポンって叩いたら、それに少し苦笑いの圭介さん。

そんな圭介さんを挟んで含み笑いする涼太さんと波田さん。


「まあ…さ。俺も若い頃があったって事ですよ。」

「苦手な人は誰だって一人はいますから。」


波田さんが面白そうに笑う。


「あっちは、圭介さん好きでたまんないって感じだけどね」


圭介さんが苦手で…圭介さんの事を大好き…。


「俺は尊敬してるよ?実際、彼が居なかったら、正直、執事としてここまで成長出来なかったって思うし。」


いまいち話が見えなくて首を傾げた私に、圭介さんがまた苦笑い。


「今、旦那様と奥様についてる執事がね。」


あ…執事の先輩って事か…。
と言うか、上司って言うのかな?


「俺も咲月ちゃんみたいに素直だったらな~。もっと仲良くやれたんだろうけど。」

「圭介さんとはだいぶタイプがちがうからね」

「俺は、まだまだ足下にも及ばないよ」

「そんな事はありませんよ。執事の色はそれぞれでいいかと。」


「波田さ~ん!」とハグを求めてる圭介さんを笑いながら「とにかく、圭介さんの為にも全力で俺らも頑張ろうぜ」って私に同意を求める涼太さん。


…そうだね、そう言う事なら、もっともっと頑張らないと。


「私、圭介さんの足をひっぱらないよう、精一杯頑張ります!」


そう言ったら、暗示がかかった様に、やる気が漲る。


「では、私はこれから、もう一度お部屋に行って細かい所までお掃除を!」


気合いを入れ直したらまた、一瞬の沈黙と注目。


あ、あれ…?
私、何か浮くような言動があったかな…?


「…なるほど。」

「うん、俺も、まさに同じ様に思った。」


なるほど…?

圭介さんと涼太さんの反応に首を傾げたら波田さんがはっはっはって笑いを響かせた。




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