にじいろの向こう側
.
瑞稀様に手を引かれたまま、玄関前まで来たら、圭介さんが丁寧にこちらに向かってお辞儀をした。
慌てて手を離そうとしたら、ギュッとそれを瑞稀様に拒まれる。
「お帰りなさいませ。お待ちしておりました。」
圭介さんの表情は柔らかい笑顔のまま。
もしかして…圭介さんは、こう言う展開になることをわかっていた…のかな?
瑞稀様に連絡をした時から。
「…二人はリビング?」
「はい。朝のお茶を召し上がられております。」
「…伊東も?」
「それは…もちろん。」
少しだけ圭介さんの表情が、苦笑いに変わる。それを瑞稀様が面白そうに笑った。
「圭介、ちょっと窶れたね」
「…そこは言わないで。」
「まあ…お疲れ。」
旦那様と奥様が急遽帰国と言う自体でも冷静に指示を出し、瑞稀様が私を紹介するために急遽帰国なさることも恐らく予測していたであろう圭介さんが…伊東さんには苦笑い。
それに、そのことで二人のやり取りがいつもより距離が近い気がする。
伊東さんの存在感は圭介さんの中で凄いんだな…。
「とにかく行こうか。さっきも言った通り、俺は明日の朝にはニューヨーク戻らなきゃいけないし。」
手を繋いだままの状態でまた歩を進める瑞稀様。
それに連れられて、歩き出す。その一歩後ろから圭介さんがついて来る。
…何か、その背中の存在だけで、少し不安が紛れるかも。
少しだけ振り返って見たら圭介さんがクッと唇の片端を少し上げた。
『大丈夫』
何だかそう言われている気がして気持ちが少しラクに感じられて、守られているみたいで安心する。
メイドとは違う角度で執事の圭介さんを垣間見た気がして、少し不思議な感覚になった。
.
「おはよう。随分と急な帰国だったね。」
リビングへと入り様に、挨拶をする瑞稀様。
その声に
旦那様と奥様、そして伊東さんの視線が一気に向けられて、瑞稀様の隣で手を繋がれたまま立っている私の存在に旦那様の目が見開いた。
「薮から帰国した事を聞いたから急遽帰国した。話したい事があったから。」
逆に瑞稀様は余裕のある表情…と言うより、全く平坦で波が無い感じ。
「…俺は今、鳥屋尾さんと付き合っている。
まあ、言わなくてもいい事かも知れないけど、一応報告しといた方が良いかと思ってさ。」
淡々として…る…けど。これで大丈夫なのかな?
瑞稀様の私と繋いでいる手に力が入って少し引っ張られた。
「じゃあ、そう言う事だから。」
そう言い、立ち去ろうとする瑞稀様。
「…待ちなさい。」
旦那様の低い声がリビングに響いた。
その後ついた重い溜息が、リビングの空気を一気に重くする。
「…お前、それを言う為にわざわざここへ戻って来たのか。」
「そうだけど?」
「仕事を放り出してか。」
旦那様は、瑞稀様と目を合わせないまま、紅茶を一口含む。
「…別に放り出してきたわけじゃないよ。スケジュールもちゃんと調整してるし、こっちでも出来る仕事はここに居る間にすればいい話だし。
会社の金も使ってないよ?自分の金で行き来してるんだから。どこにも迷惑かけていないと思うけど。」
「だからって…。」
「大丈夫だよ、父さん。俺はヘマはしないから。」
旦那様に微笑んだ瑞稀様の瞳が一瞬悲しく揺れた。
「…曲がりなりにも、会社を『預かっている』身なんだからさ。」
「瑞稀…。」
そんな瑞稀様に再び口を開いた旦那様を奥様がそっと制した。
「あなた。瑞稀が大丈夫だと言っているんですから…。それに帰って来てしまった事実は何を言っても変えられませんよ?」
「…まあ、な。」
「若い二人のお付き合いですから。私達がとやかく言っても無駄ですよ。あなたも若い頃はそうだったじゃないですか。」
クスクスと笑う奥様にバツが悪そうにゴホンと咳払いをする旦那様。それからバツの悪そうな表情で、瑞稀様に視線を向けた。
「と、とにかく、ちゃんとニューヨークへ戻るんだぞ。」
「うん。分かってる。」
「じゃあ、自室に戻るから」
「ああ、瑞稀。」
私の手を引き、歩き出そうとした瑞稀様を奥様が呼び止めた。
「申し訳ないんだけど、鳥屋尾さんは私と買い物に行くのよ。」
「…そう、なんだ。」
一瞬、私の手を握る瑞稀様の掌に力が籠る。
「だから、会うのはまた夕方以降にして頂戴?
鳥屋尾さん?朝食が済んだら、仕度をして出掛けますからね。」
「はい…。」
奥様に返事をしたら、グッとその手を引っ張られた。
「…じゃあ、俺は仕事があるから部屋に戻る。咲月ももう、仕事に戻っていいよね。」
…久しぶりにご両親がここへ戻られたんだから、ゆっくり一緒にお茶でも召し上がるかと思ったのに。
そんなにお仕事が忙しかったのかな…。
それなのに、ニューヨークからわざわざ…。
「また後でね?」
瑞稀様は、階段の下まで来ると私に穏やかに笑って見せて、階段を上がっていく。圭介さんが一度私に少し微笑むとその後に続いて登って行った。
『咲月さんがパニくってるって思ってさ』
私を心配して、帰ってきてくださった…瑞稀様は本当にお優しいな。
少し頬が緩んで、思わず持っていたマフラーをギュっと握りしめた。
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瑞稀様に手を引かれたまま、玄関前まで来たら、圭介さんが丁寧にこちらに向かってお辞儀をした。
慌てて手を離そうとしたら、ギュッとそれを瑞稀様に拒まれる。
「お帰りなさいませ。お待ちしておりました。」
圭介さんの表情は柔らかい笑顔のまま。
もしかして…圭介さんは、こう言う展開になることをわかっていた…のかな?
瑞稀様に連絡をした時から。
「…二人はリビング?」
「はい。朝のお茶を召し上がられております。」
「…伊東も?」
「それは…もちろん。」
少しだけ圭介さんの表情が、苦笑いに変わる。それを瑞稀様が面白そうに笑った。
「圭介、ちょっと窶れたね」
「…そこは言わないで。」
「まあ…お疲れ。」
旦那様と奥様が急遽帰国と言う自体でも冷静に指示を出し、瑞稀様が私を紹介するために急遽帰国なさることも恐らく予測していたであろう圭介さんが…伊東さんには苦笑い。
それに、そのことで二人のやり取りがいつもより距離が近い気がする。
伊東さんの存在感は圭介さんの中で凄いんだな…。
「とにかく行こうか。さっきも言った通り、俺は明日の朝にはニューヨーク戻らなきゃいけないし。」
手を繋いだままの状態でまた歩を進める瑞稀様。
それに連れられて、歩き出す。その一歩後ろから圭介さんがついて来る。
…何か、その背中の存在だけで、少し不安が紛れるかも。
少しだけ振り返って見たら圭介さんがクッと唇の片端を少し上げた。
『大丈夫』
何だかそう言われている気がして気持ちが少しラクに感じられて、守られているみたいで安心する。
メイドとは違う角度で執事の圭介さんを垣間見た気がして、少し不思議な感覚になった。
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「おはよう。随分と急な帰国だったね。」
リビングへと入り様に、挨拶をする瑞稀様。
その声に
旦那様と奥様、そして伊東さんの視線が一気に向けられて、瑞稀様の隣で手を繋がれたまま立っている私の存在に旦那様の目が見開いた。
「薮から帰国した事を聞いたから急遽帰国した。話したい事があったから。」
逆に瑞稀様は余裕のある表情…と言うより、全く平坦で波が無い感じ。
「…俺は今、鳥屋尾さんと付き合っている。
まあ、言わなくてもいい事かも知れないけど、一応報告しといた方が良いかと思ってさ。」
淡々として…る…けど。これで大丈夫なのかな?
瑞稀様の私と繋いでいる手に力が入って少し引っ張られた。
「じゃあ、そう言う事だから。」
そう言い、立ち去ろうとする瑞稀様。
「…待ちなさい。」
旦那様の低い声がリビングに響いた。
その後ついた重い溜息が、リビングの空気を一気に重くする。
「…お前、それを言う為にわざわざここへ戻って来たのか。」
「そうだけど?」
「仕事を放り出してか。」
旦那様は、瑞稀様と目を合わせないまま、紅茶を一口含む。
「…別に放り出してきたわけじゃないよ。スケジュールもちゃんと調整してるし、こっちでも出来る仕事はここに居る間にすればいい話だし。
会社の金も使ってないよ?自分の金で行き来してるんだから。どこにも迷惑かけていないと思うけど。」
「だからって…。」
「大丈夫だよ、父さん。俺はヘマはしないから。」
旦那様に微笑んだ瑞稀様の瞳が一瞬悲しく揺れた。
「…曲がりなりにも、会社を『預かっている』身なんだからさ。」
「瑞稀…。」
そんな瑞稀様に再び口を開いた旦那様を奥様がそっと制した。
「あなた。瑞稀が大丈夫だと言っているんですから…。それに帰って来てしまった事実は何を言っても変えられませんよ?」
「…まあ、な。」
「若い二人のお付き合いですから。私達がとやかく言っても無駄ですよ。あなたも若い頃はそうだったじゃないですか。」
クスクスと笑う奥様にバツが悪そうにゴホンと咳払いをする旦那様。それからバツの悪そうな表情で、瑞稀様に視線を向けた。
「と、とにかく、ちゃんとニューヨークへ戻るんだぞ。」
「うん。分かってる。」
「じゃあ、自室に戻るから」
「ああ、瑞稀。」
私の手を引き、歩き出そうとした瑞稀様を奥様が呼び止めた。
「申し訳ないんだけど、鳥屋尾さんは私と買い物に行くのよ。」
「…そう、なんだ。」
一瞬、私の手を握る瑞稀様の掌に力が籠る。
「だから、会うのはまた夕方以降にして頂戴?
鳥屋尾さん?朝食が済んだら、仕度をして出掛けますからね。」
「はい…。」
奥様に返事をしたら、グッとその手を引っ張られた。
「…じゃあ、俺は仕事があるから部屋に戻る。咲月ももう、仕事に戻っていいよね。」
…久しぶりにご両親がここへ戻られたんだから、ゆっくり一緒にお茶でも召し上がるかと思ったのに。
そんなにお仕事が忙しかったのかな…。
それなのに、ニューヨークからわざわざ…。
「また後でね?」
瑞稀様は、階段の下まで来ると私に穏やかに笑って見せて、階段を上がっていく。圭介さんが一度私に少し微笑むとその後に続いて登って行った。
『咲月さんがパニくってるって思ってさ』
私を心配して、帰ってきてくださった…瑞稀様は本当にお優しいな。
少し頬が緩んで、思わず持っていたマフラーをギュっと握りしめた。
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