にじいろの向こう側
.
旦那様と奥様の朝食がお済みになってから仕度をして、出掛けた買い物。
「鳥屋尾さん、これ、お願いね?」
「今度は、これを。」
奥様は、先程の瑞稀様との会話なんて無かったかの様に、メイドの一人として、扱ってくれて、その『普通』ぶりにかえって違和感を抱いたけれど、きっと気を遣って下さってるのかも…と思ったら、その優しさが嬉しくて、買い物のお付き合いも楽しく思えた。
やはり、大きな組織のトップに立つお方の奥様ともなると、度量の深さが違うんだと、尊敬の念を抱きながら、最後に行ったお店での、私の上着選び。
「とりあえず、まずは自分で好きな物を選んでみなさい?」
「は、はい…。」
そう言われてもな…。
こんな高級店で洋服なんて買った事が無いから、良くわからない。
「どうしたの?」
「い、いえ…。」
とりあえずと手にしたグレーのダウンジャケット
「っ!!!」
不意に見えた値札にドキンと鼓動が跳ねた。
うそ…値段の桁が…。
思わずコクリと喉を鳴らす。
「…そうねえ。悪くはないと思うけれど。ダウンだと、汚れた時に洗濯が面倒くさいかもしれないわ。」
「あ、あの…奥様…。」
「これなんか、どうかしら。坂本さんとお揃いで着たら素敵ね。」
奥様が手に取った、薄手の中綿ジャケットは、ダウンよりは値段も下がるし、素敵だけれど、それでも桁が凄い。
「わ、私…その…持ち合わせが…。」
「気にしないで?私が出しますから。」
えっ?!
「あ、あの…いえ、それは…。」
「先ほども言ったはずですよ?これは私の役目です。谷村家で働く者に制服を支給するのは、雇い主として、至極当然の事です。冬なのだから、上着を支給してもなんら不思議はありません。」
そうだけど…。
「じゃあ、これに決めましょ。坂本さんとあなたでお揃いで。」
色違いのジャケットを手にして、奥様が店員を呼ぶ。
店員さんはあっという間にそれを包んでくれて「ありがとうございます」と私に紙袋を二つ渡した。
「あの…ありがとうございます。」
奥様は車に乗り込んで改めてお礼を言った私をチラリと見ると、進行方向を向いた。
「…喉が渇いたわね。お茶をして行きましょうか。鳥屋尾さん、チーズケーキはお好き?」
「は、はい…。」
「そう良かった。では…。」
また私の方を向き、今度は優しい笑みを纏うと、伊東さんへお店を知らせている。
奥様と…お茶。
そんな事ってあり得るの?
少し眉間に皺を寄せて首を傾げたらバックミラー越しに伊東さんと目があって面白そうに微笑まれた。
.
「私は車で待っております。お帰りの時はご一報下さい。」
そう言った伊東さんを残して行った先のカフェは、さっきの洋服屋さんの様な高級感溢れる所とはうってかわっての素朴な白と青が基調の一軒家だった。
「お待ちしておりました。」
丁寧に接客してくれた店員さんに奥様は「お久しぶりですね」とにこやかに挨拶をする。
一番奥の席へと案内されるとメニューを見ずに「チーズケーキと紅茶を」と注文された。
かなりの行きつけ…だよね、きっと。
「ごめんなさいね?コーヒーもあるのだけれど、ここのチーズケーキにはアールグレイの紅茶がぴったりで…あなたにも知って欲しかったから。」
私にも…?
首を傾げた私の表情が“不思議だ”と物語っていたのだと思う。先ほどの車の中と同様、優しい笑みを纏う。
「前にね?坂本さんも連れて来たのよ?とはいえ、10年以上前ですけどね。」
その時の事を思い出しているのか、楽しそうに含み笑いをしている。
やっぱり…笑顔が瑞稀様と似ていらっしゃるな…。
そんな奥様を見つめていたら出されたチーズケーキ。
濃厚さの中に、どこかさっぱりとしていて、口の中でほろりと溶けていく。
それは、驚く程に美味しくて、一口食べて、思わず目を見開いた。
「坂本さんと同じ反応ね。」
そんな私に、奥様は満足そうな笑顔をされる。
従業員にもこうやって気配りして下さるなんて…素敵な方だな、奥様は。
「奥様、本当に今日はありがとうございました。失礼ながら、とても楽しい時間でした。」
「言っているでしょ?こうやって気を配るのも私の仕事だから。」
「そうであっても、私はとても嬉しいです。」
チーズケーキを頬張る私を見つめる瞳が優しく揺れた。
「…鳥屋尾さん?」
「はい。」
「瑞稀は優しいですか?」
「ぐっ!」
思わぬ質問に、思わず飲みかけの紅茶を穴違い。
「あら…ごめんなさい?」
「い、いえ…その…。」
そ、そっか、あまりにも奥様がメイドとして、丁寧に扱ってくださっていたから。その雰囲気にすっかり油断していた…。
報告をしていたわけだから、『付き合っている』と言うことを。
メイドとしてだけではない想いが奥様の中にあるのは当然だ。
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旦那様と奥様の朝食がお済みになってから仕度をして、出掛けた買い物。
「鳥屋尾さん、これ、お願いね?」
「今度は、これを。」
奥様は、先程の瑞稀様との会話なんて無かったかの様に、メイドの一人として、扱ってくれて、その『普通』ぶりにかえって違和感を抱いたけれど、きっと気を遣って下さってるのかも…と思ったら、その優しさが嬉しくて、買い物のお付き合いも楽しく思えた。
やはり、大きな組織のトップに立つお方の奥様ともなると、度量の深さが違うんだと、尊敬の念を抱きながら、最後に行ったお店での、私の上着選び。
「とりあえず、まずは自分で好きな物を選んでみなさい?」
「は、はい…。」
そう言われてもな…。
こんな高級店で洋服なんて買った事が無いから、良くわからない。
「どうしたの?」
「い、いえ…。」
とりあえずと手にしたグレーのダウンジャケット
「っ!!!」
不意に見えた値札にドキンと鼓動が跳ねた。
うそ…値段の桁が…。
思わずコクリと喉を鳴らす。
「…そうねえ。悪くはないと思うけれど。ダウンだと、汚れた時に洗濯が面倒くさいかもしれないわ。」
「あ、あの…奥様…。」
「これなんか、どうかしら。坂本さんとお揃いで着たら素敵ね。」
奥様が手に取った、薄手の中綿ジャケットは、ダウンよりは値段も下がるし、素敵だけれど、それでも桁が凄い。
「わ、私…その…持ち合わせが…。」
「気にしないで?私が出しますから。」
えっ?!
「あ、あの…いえ、それは…。」
「先ほども言ったはずですよ?これは私の役目です。谷村家で働く者に制服を支給するのは、雇い主として、至極当然の事です。冬なのだから、上着を支給してもなんら不思議はありません。」
そうだけど…。
「じゃあ、これに決めましょ。坂本さんとあなたでお揃いで。」
色違いのジャケットを手にして、奥様が店員を呼ぶ。
店員さんはあっという間にそれを包んでくれて「ありがとうございます」と私に紙袋を二つ渡した。
「あの…ありがとうございます。」
奥様は車に乗り込んで改めてお礼を言った私をチラリと見ると、進行方向を向いた。
「…喉が渇いたわね。お茶をして行きましょうか。鳥屋尾さん、チーズケーキはお好き?」
「は、はい…。」
「そう良かった。では…。」
また私の方を向き、今度は優しい笑みを纏うと、伊東さんへお店を知らせている。
奥様と…お茶。
そんな事ってあり得るの?
少し眉間に皺を寄せて首を傾げたらバックミラー越しに伊東さんと目があって面白そうに微笑まれた。
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「私は車で待っております。お帰りの時はご一報下さい。」
そう言った伊東さんを残して行った先のカフェは、さっきの洋服屋さんの様な高級感溢れる所とはうってかわっての素朴な白と青が基調の一軒家だった。
「お待ちしておりました。」
丁寧に接客してくれた店員さんに奥様は「お久しぶりですね」とにこやかに挨拶をする。
一番奥の席へと案内されるとメニューを見ずに「チーズケーキと紅茶を」と注文された。
かなりの行きつけ…だよね、きっと。
「ごめんなさいね?コーヒーもあるのだけれど、ここのチーズケーキにはアールグレイの紅茶がぴったりで…あなたにも知って欲しかったから。」
私にも…?
首を傾げた私の表情が“不思議だ”と物語っていたのだと思う。先ほどの車の中と同様、優しい笑みを纏う。
「前にね?坂本さんも連れて来たのよ?とはいえ、10年以上前ですけどね。」
その時の事を思い出しているのか、楽しそうに含み笑いをしている。
やっぱり…笑顔が瑞稀様と似ていらっしゃるな…。
そんな奥様を見つめていたら出されたチーズケーキ。
濃厚さの中に、どこかさっぱりとしていて、口の中でほろりと溶けていく。
それは、驚く程に美味しくて、一口食べて、思わず目を見開いた。
「坂本さんと同じ反応ね。」
そんな私に、奥様は満足そうな笑顔をされる。
従業員にもこうやって気配りして下さるなんて…素敵な方だな、奥様は。
「奥様、本当に今日はありがとうございました。失礼ながら、とても楽しい時間でした。」
「言っているでしょ?こうやって気を配るのも私の仕事だから。」
「そうであっても、私はとても嬉しいです。」
チーズケーキを頬張る私を見つめる瞳が優しく揺れた。
「…鳥屋尾さん?」
「はい。」
「瑞稀は優しいですか?」
「ぐっ!」
思わぬ質問に、思わず飲みかけの紅茶を穴違い。
「あら…ごめんなさい?」
「い、いえ…その…。」
そ、そっか、あまりにも奥様がメイドとして、丁寧に扱ってくださっていたから。その雰囲気にすっかり油断していた…。
報告をしていたわけだから、『付き合っている』と言うことを。
メイドとしてだけではない想いが奥様の中にあるのは当然だ。
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