にじいろの向こう側







暗がりの中、目尻に潤いを残したまま俺の腕ん中で眠る咲月の髪をそっと撫でた。

…こうする事が本当に正解だったのかはわからない。


けれど


『ご両親が明日ベトナムから戻られます』


そう圭介から聞かされて、気が付いたら飛行機に飛び乗っていた。


…多分、俺自身の中でハッキリさせたかったんだって思う。

『俺には咲月しかいない』と。

それによって、あの人から咲月が矛先を向けられるって言う事も何となくわかっていた。

…だけど咲月自身にも、そして周囲にも目に見える形で同じ認識を持って欲しかったから。俺がどれだけこの人に“真剣“かって事を。

少し時間がかかるだろうけれど、ここから先は俺達の関係を少しずつ理解して受け入れて貰える様に勤めていくしかないよね。

俺も…咲月も。


「ん…」


少し動くその身体を抱き寄せ直し、腕の中に閉じ込めた。

ごめん…辛い想いをさせて。

俺がこんな家に生まれてなければ、もっと普通に恋愛して楽しく過ごせていたのに。
だけど、『今』だけじゃなくて『未来』も俺は咲月と居たいって思っているから。

おでこに少し唇をつけたら咲月の温もりがやけに伝わって来てこの上なく安心感を生みだした。

その心地良さに誘われて、瞼をそっと閉じたら不意に思い出した、大学時代の『あの出来事』。


『瑞稀、私、瑞稀が好き。』


耳に蘇える“あの人”の声


『ごめんね…私、本当はマコ兄が好きなの。』


息苦しさ覚えて吐き出した息が少しだけ小刻みになって思わず咲月を抱く腕に力が籠った。


咲月は“あの人”とは違う。


「…瑞稀様?」
「…ああ。ごめん、起こした?」


寝ぼけ眼な目を俺に向ける咲月に笑顔を作ってまた髪に指を通したら、掌が伸びて来て頬を包まれた。


「大丈夫ですか?恐い夢でも見てしまいましたか?」


心配そうな表情に思わずまたその身体を力を込めて包み込んだ。


「あのさ…俺、これでももう結構立派な大人だよ?夢見た位で起きたりしないよ。」

「そう…ですか。」

「恐いつったって、そんなもん夢でしょ?」


本当に恐いのは、現実に起こる事。


咲月が…『俺から離れてく』


それ以外で恐いって思う事なんて無いよ、今の俺には。





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