にじいろの向こう側
.
「瑞稀坊ちゃんは甘いものがあまり得意ではないですからね。
近年はバレンタインというイベント自体、坂本さんが我々にチョコレートを配ってくれるくらいのもんで。」
洗濯を干し終わって、一旦戻った厨房横の休憩室
たまたま居合わせた、波田さんにさりげなく聞いたらそんな答えが返って来た。
そっか…よく考えてみたら、お正月同様、瑞稀様はお仕事関係でそういうものをたくさん頂くのだろうし…こちらにお戻りになってまでは望んでいないのかもしれない。
けれど、せっかくのバレンタイン。何か差し上げたい気持ちはあるし。
好き…はもちろんあるけれど、どうせなら感謝の気持ちも表したいし。
…どうしようかな。
「う~ん」と考え込んだ私に、少しだけ苦笑いする波田さん。
「咲月ちゃん…本当に瑞稀坊ちゃんが好きなんだね。」
「え?!」
そんな波田さんの言葉にカッと一気に体が熱を持つ。
「や、あの…えっと…は、い…。」
波田さんは私の答えにはっはっはって伊東さんみたいな笑いを響かせて
「素直だね」
休憩室の中にある棚を何やらごそごそし出した。
取り出したのは一冊のノート。
「これを見て?」
開いて見せられたページには『チーズケーキ』の手書きレシピが載っていて、たくさんの数字や書き込みがしてある。
「そのノートは、俺が味として完成出来なかったものを書き留めてるものなんだけどね?
そのチーズケーキも未だに味は再現できないんだよ」
「そうなんですか…。」
「瑞稀坊ちゃんが多分、この世で一番好きなケーキだよ。」
「…え?」
ノートから顔を上げた私に波田さんがニコって笑う
「それはね、真人様と瑞稀様が子供の頃に、奥様がよく作って差し上げていたケーキなんだよ。
そのレシピはそれを頂いたものを俺が勘で再現したものだから。本来の作り方や材料、グラム数なんかは知らないんだ。」
「近い所までは出来るんだけど、違うんだよな~」と楽しげに腕組みをする。
「何とか、再現出来たらって思ってもうこの歳さ。まあ、ここ十年位は作っていないけどね。」
「瑞稀様…お好きだったんですね。」
思わずマジマジとノートを読みながら相槌を打ったら
「そう!普段は料理にあまり興味を示さない瑞稀様が食いつく物が二つあって。それのうちの一つだったんだ。」
「もう一つは、俺が作ったハンバーグ」と目を細めた。
「昔ね。奥様が焼いたチーズケーキが一晩寝かせてる間に4分の1位無くなっていてね。
よくよく聞いてみたら、瑞稀坊ちゃんが『待てなくて食べた』って、私と居合わせた伊東さんには教えてくれて。
まあ…奥様は真人坊ちゃんが食べたって思ってますけどね。
『俺、我慢出来なくて食べちゃった!』って真人坊ちゃんが瑞稀坊ちゃんを庇ってそう言ったので。」
瑞稀様、そんなにお好きだったんだ…このチーズケーキ。
ふと、この前奥様と行ったチーズケーキ屋さんを思い出した。
…奥様自身もチーズケーキが好きなのかな。
それで、ご自身で焼くのも上手いとか。
けれど、幼い頃の瑞稀様が好きだったと言う理由はそれだけじゃない気がする。
だって、“お母さんのチーズケーキ”だもんね。
ノートにもう一度目を落として、大きく一度息を吐いた。
…出過ぎた真似かもしれないけれど。
そして、波田さんに出来ない事が私に出来るとは思わないけれど。
やれるだけのことはやってみたい。
「あの…ノートを暫くお借りしても大丈夫でしょうか。」
そう聞いたらニッコリ笑顔で立ち上がると腕まくりする波田さん。
「もちろんだよ。かなり書き込んでしまってるからね。解読出来るまでは、私も手伝おう。」
「ほ、本当ですか?!」
すごい嬉しい…私、料理、全然分からないから。
た、卵焼き位は作れるけど。
前のお屋敷のご主人様はとにかく和食が好きな方だったから、小豆の煮方は知っていても、洋菓子系のものは全くわからないかも。
昔お母さんと一緒に何度かショートケーキを作った位なもんで。それだって、殆どお母さんが主で手伝っただけだし。
よし、これを機に少し学ぼう。
「すみません…お仕事を増やしてしまって。」
「いや?久しぶりにハンバーグ以外の瑞稀坊ちゃんの好物に挑戦で腕が鳴るさ!」
何か嬉しそうだな、波田さん。
波田さんの満面の笑みに、いつか涼太さんに言われた言葉が脳裏を過った。
『俺達は瑞稀が好きでここに集まっている』
…きっと、ずっとこうしてレシピを研究していたのも、波田さんが瑞稀様や真人様に喜んで欲しくての事だもんね。
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「瑞稀坊ちゃんは甘いものがあまり得意ではないですからね。
近年はバレンタインというイベント自体、坂本さんが我々にチョコレートを配ってくれるくらいのもんで。」
洗濯を干し終わって、一旦戻った厨房横の休憩室
たまたま居合わせた、波田さんにさりげなく聞いたらそんな答えが返って来た。
そっか…よく考えてみたら、お正月同様、瑞稀様はお仕事関係でそういうものをたくさん頂くのだろうし…こちらにお戻りになってまでは望んでいないのかもしれない。
けれど、せっかくのバレンタイン。何か差し上げたい気持ちはあるし。
好き…はもちろんあるけれど、どうせなら感謝の気持ちも表したいし。
…どうしようかな。
「う~ん」と考え込んだ私に、少しだけ苦笑いする波田さん。
「咲月ちゃん…本当に瑞稀坊ちゃんが好きなんだね。」
「え?!」
そんな波田さんの言葉にカッと一気に体が熱を持つ。
「や、あの…えっと…は、い…。」
波田さんは私の答えにはっはっはって伊東さんみたいな笑いを響かせて
「素直だね」
休憩室の中にある棚を何やらごそごそし出した。
取り出したのは一冊のノート。
「これを見て?」
開いて見せられたページには『チーズケーキ』の手書きレシピが載っていて、たくさんの数字や書き込みがしてある。
「そのノートは、俺が味として完成出来なかったものを書き留めてるものなんだけどね?
そのチーズケーキも未だに味は再現できないんだよ」
「そうなんですか…。」
「瑞稀坊ちゃんが多分、この世で一番好きなケーキだよ。」
「…え?」
ノートから顔を上げた私に波田さんがニコって笑う
「それはね、真人様と瑞稀様が子供の頃に、奥様がよく作って差し上げていたケーキなんだよ。
そのレシピはそれを頂いたものを俺が勘で再現したものだから。本来の作り方や材料、グラム数なんかは知らないんだ。」
「近い所までは出来るんだけど、違うんだよな~」と楽しげに腕組みをする。
「何とか、再現出来たらって思ってもうこの歳さ。まあ、ここ十年位は作っていないけどね。」
「瑞稀様…お好きだったんですね。」
思わずマジマジとノートを読みながら相槌を打ったら
「そう!普段は料理にあまり興味を示さない瑞稀様が食いつく物が二つあって。それのうちの一つだったんだ。」
「もう一つは、俺が作ったハンバーグ」と目を細めた。
「昔ね。奥様が焼いたチーズケーキが一晩寝かせてる間に4分の1位無くなっていてね。
よくよく聞いてみたら、瑞稀坊ちゃんが『待てなくて食べた』って、私と居合わせた伊東さんには教えてくれて。
まあ…奥様は真人坊ちゃんが食べたって思ってますけどね。
『俺、我慢出来なくて食べちゃった!』って真人坊ちゃんが瑞稀坊ちゃんを庇ってそう言ったので。」
瑞稀様、そんなにお好きだったんだ…このチーズケーキ。
ふと、この前奥様と行ったチーズケーキ屋さんを思い出した。
…奥様自身もチーズケーキが好きなのかな。
それで、ご自身で焼くのも上手いとか。
けれど、幼い頃の瑞稀様が好きだったと言う理由はそれだけじゃない気がする。
だって、“お母さんのチーズケーキ”だもんね。
ノートにもう一度目を落として、大きく一度息を吐いた。
…出過ぎた真似かもしれないけれど。
そして、波田さんに出来ない事が私に出来るとは思わないけれど。
やれるだけのことはやってみたい。
「あの…ノートを暫くお借りしても大丈夫でしょうか。」
そう聞いたらニッコリ笑顔で立ち上がると腕まくりする波田さん。
「もちろんだよ。かなり書き込んでしまってるからね。解読出来るまでは、私も手伝おう。」
「ほ、本当ですか?!」
すごい嬉しい…私、料理、全然分からないから。
た、卵焼き位は作れるけど。
前のお屋敷のご主人様はとにかく和食が好きな方だったから、小豆の煮方は知っていても、洋菓子系のものは全くわからないかも。
昔お母さんと一緒に何度かショートケーキを作った位なもんで。それだって、殆どお母さんが主で手伝っただけだし。
よし、これを機に少し学ぼう。
「すみません…お仕事を増やしてしまって。」
「いや?久しぶりにハンバーグ以外の瑞稀坊ちゃんの好物に挑戦で腕が鳴るさ!」
何か嬉しそうだな、波田さん。
波田さんの満面の笑みに、いつか涼太さんに言われた言葉が脳裏を過った。
『俺達は瑞稀が好きでここに集まっている』
…きっと、ずっとこうしてレシピを研究していたのも、波田さんが瑞稀様や真人様に喜んで欲しくての事だもんね。
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