にじいろの向こう側
.
「あら~バレちゃったわね!」
奥様がお出かけになられた後、洗濯物を仕舞いながら坂本さんに話をしたら、カラカラと笑う。
「と、言うのは嘘でね。奥様と咲月ちゃんの関係がどうなるかを見て、話し方を考えようって思ってたの。」
それからシーツをいっぺんにヒョイッと持ち上げた。
「だけど、やっぱり咲月ちゃんは凄いわね。そこまで奥様に言って貰えるんだから。」
「…そうですかね。」
「そうよ!私は純粋にメイドとしてだけど、咲月ちゃんの場合はそこに『瑞稀様の恋人』って言う関係が入るわけでしょ?
それもふまえてそうやって声をかけてくださったんだから、やっぱり凄いと思うわよ?」
…それは…とても嬉しいのだけれど。
微妙な顔した私に坂本さんも苦笑い。
「まあ…ね?お金持ちの方が使うものだから。普段使うのは無理かもしれないけどね?」
「はあ…。」
やっぱりそうなんだ。
奥様が『手始めに』と下さったハンドバックとアクセサリー。
「カジュアルな物の方が普段使えるかしら」と選んでくださったんだけど。
…あれらを身につけてどこへ出掛けていいかわからない。
私、普段、リュックとか愛用してる感じだからな…。
ハンドバック自体が慣れないかも。
女子力…低いな、私…。
う~ん…と考え込んだら坂本さんから鶴の一声。
「瑞稀様とお食事でも行ったらいいんじゃない?」
「えっ?!」
み、瑞稀様とお食事?!
「あら、恋人なんだもの、その位は普通でしょ?」
そ、そうなのかな…。
“瑞稀様とお食事”なんて、そんな夢みたいな楽しい時間、本当にあったら嬉しいけど。
あんな素敵な装飾品を持って行く所だもん。
ちゃんとドレスコードとか…作法とかがあるんだろうな。
ふと思い出した智樹さんと行った食事の事。
『咲月ちゃん、たまには外に食い行くか。』
だけど智樹さんが連れてってくれた所って…。
『咲月ちゃん…顎はずれそうだね。』
大きなハンバーガーがあるハンバーガー屋さんとか。
『咲月ちゃん口にケチャップついてる』
知り合いがやってる近所の洋食屋さんとか。
服装も食べ方も全く気にしない所ばっかりだった。
だけど、瑞稀様とのお食事は、色々知らないと無理そうだな…。
『努力すれば何とかなる部分ですよ』
持ち上げた洗濯物から優しい柔軟剤の香りがしてそこに奥様の言葉が重なった。
そうだよね…。
瑞稀様と食事がしたいなら、ちゃんとお勉強しなきゃ。
「よし。」
気合いを入れて、階段を登って行ったら
「あ、咲月ちゃん、お疲れ。」
丁度登りきった所で圭介さんに出会った。
「あ、あの!」
嬉しい偶然に、思わず呼び止める。
圭介さんは、足を止めて、「ん?」と不思議そうに小首を傾げた。
…こんな事、忙しい圭介さんを足止めして聞くのも申し訳ないけど
けれど、他に思い当たる人も居ないし…せめて調べ方とか、そう言うのが載ってる本とかを紹介してもらえれば。
「えっと…食事の時の作法とか…どうしたら学べますか?」
私の言葉に、変わらず柔らかい笑みを纏いながら少し首を傾げている。
「あ…あの…そ、それは…ですね。その…。」
「…食事したい、とか?瑞稀様と」
図星をつかれてカッと身体が熱くなる。圭介さんのハハッと笑う声があたりに響いた。
「わっかりやすいな~。咲月ちゃん」
「す、すみません…その…。」
「伊東さんから聞いたよ。奥様からおさがり頂いたんだって?」
「は、はい。素敵な物だったので…。」
「それ身につけて瑞稀様と食事、ね。」
ニッと唇の片端を少しあげる圭介さん。
「協力してあげたいのも山々なんだけどさ。申し訳ない、あんまり付き合ってる時間が取れそうも無いんだよね、今。」
「あの…そう言うのを学ぶのにお勧めの本とかをちょっとだけ教えて頂ければ…。」
「ああ、うん。それはもちろん教えてあげるけど。一番いいのは実戦でしょ?そこにね、時間をとるのがな~」
圭介さん…考えてくれている感じはもちろんあるけれど…ちょっと楽しそう?
「実戦ですか…」
「そ、実際にやってみない事にはね…って、いい方法があるわ、そう言えば。実戦に付き合ってくれる最適な人がいる。」
首を傾げたら、圭介さんの口の片端がクッとあがった。
「…瑞稀様本人。」
瑞稀様……?!
洗濯物を落としそうになった私に眉を下げて笑う圭介さん。
「そんなに驚かなくても。どうせ一人で食事してんだからさ。瑞稀様がここでお夕飯食べる日、咲月ちゃんも一緒に隣で食べたらいいんじゃない?」
「め、メイドですよ?!私。そんな事…出来るわけないじゃないですか。」
尻込みした私を、少し圧がかかるような笑顔で覗き込む。
「それを決めるのは咲月ちゃんじゃないよ?瑞稀様。」
その有無を言わせない表情に思わずコクリと喉を鳴らしたら、また優しい表情に戻った。
「ほら、咲月ちゃんはメイドだけどさ…恋人でもあるわけだから。
明確な目的と理由があるなら瑞稀様だってお考えになると思うよ?」
「俺からも話してみるから、言ってみれば?」と肩をポンって叩くと足早に去って行った。
瑞稀様と…ここで食事。
た、確かに一番の近道かもしれないけど。
そんな事って、許されるの…?
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「あら~バレちゃったわね!」
奥様がお出かけになられた後、洗濯物を仕舞いながら坂本さんに話をしたら、カラカラと笑う。
「と、言うのは嘘でね。奥様と咲月ちゃんの関係がどうなるかを見て、話し方を考えようって思ってたの。」
それからシーツをいっぺんにヒョイッと持ち上げた。
「だけど、やっぱり咲月ちゃんは凄いわね。そこまで奥様に言って貰えるんだから。」
「…そうですかね。」
「そうよ!私は純粋にメイドとしてだけど、咲月ちゃんの場合はそこに『瑞稀様の恋人』って言う関係が入るわけでしょ?
それもふまえてそうやって声をかけてくださったんだから、やっぱり凄いと思うわよ?」
…それは…とても嬉しいのだけれど。
微妙な顔した私に坂本さんも苦笑い。
「まあ…ね?お金持ちの方が使うものだから。普段使うのは無理かもしれないけどね?」
「はあ…。」
やっぱりそうなんだ。
奥様が『手始めに』と下さったハンドバックとアクセサリー。
「カジュアルな物の方が普段使えるかしら」と選んでくださったんだけど。
…あれらを身につけてどこへ出掛けていいかわからない。
私、普段、リュックとか愛用してる感じだからな…。
ハンドバック自体が慣れないかも。
女子力…低いな、私…。
う~ん…と考え込んだら坂本さんから鶴の一声。
「瑞稀様とお食事でも行ったらいいんじゃない?」
「えっ?!」
み、瑞稀様とお食事?!
「あら、恋人なんだもの、その位は普通でしょ?」
そ、そうなのかな…。
“瑞稀様とお食事”なんて、そんな夢みたいな楽しい時間、本当にあったら嬉しいけど。
あんな素敵な装飾品を持って行く所だもん。
ちゃんとドレスコードとか…作法とかがあるんだろうな。
ふと思い出した智樹さんと行った食事の事。
『咲月ちゃん、たまには外に食い行くか。』
だけど智樹さんが連れてってくれた所って…。
『咲月ちゃん…顎はずれそうだね。』
大きなハンバーガーがあるハンバーガー屋さんとか。
『咲月ちゃん口にケチャップついてる』
知り合いがやってる近所の洋食屋さんとか。
服装も食べ方も全く気にしない所ばっかりだった。
だけど、瑞稀様とのお食事は、色々知らないと無理そうだな…。
『努力すれば何とかなる部分ですよ』
持ち上げた洗濯物から優しい柔軟剤の香りがしてそこに奥様の言葉が重なった。
そうだよね…。
瑞稀様と食事がしたいなら、ちゃんとお勉強しなきゃ。
「よし。」
気合いを入れて、階段を登って行ったら
「あ、咲月ちゃん、お疲れ。」
丁度登りきった所で圭介さんに出会った。
「あ、あの!」
嬉しい偶然に、思わず呼び止める。
圭介さんは、足を止めて、「ん?」と不思議そうに小首を傾げた。
…こんな事、忙しい圭介さんを足止めして聞くのも申し訳ないけど
けれど、他に思い当たる人も居ないし…せめて調べ方とか、そう言うのが載ってる本とかを紹介してもらえれば。
「えっと…食事の時の作法とか…どうしたら学べますか?」
私の言葉に、変わらず柔らかい笑みを纏いながら少し首を傾げている。
「あ…あの…そ、それは…ですね。その…。」
「…食事したい、とか?瑞稀様と」
図星をつかれてカッと身体が熱くなる。圭介さんのハハッと笑う声があたりに響いた。
「わっかりやすいな~。咲月ちゃん」
「す、すみません…その…。」
「伊東さんから聞いたよ。奥様からおさがり頂いたんだって?」
「は、はい。素敵な物だったので…。」
「それ身につけて瑞稀様と食事、ね。」
ニッと唇の片端を少しあげる圭介さん。
「協力してあげたいのも山々なんだけどさ。申し訳ない、あんまり付き合ってる時間が取れそうも無いんだよね、今。」
「あの…そう言うのを学ぶのにお勧めの本とかをちょっとだけ教えて頂ければ…。」
「ああ、うん。それはもちろん教えてあげるけど。一番いいのは実戦でしょ?そこにね、時間をとるのがな~」
圭介さん…考えてくれている感じはもちろんあるけれど…ちょっと楽しそう?
「実戦ですか…」
「そ、実際にやってみない事にはね…って、いい方法があるわ、そう言えば。実戦に付き合ってくれる最適な人がいる。」
首を傾げたら、圭介さんの口の片端がクッとあがった。
「…瑞稀様本人。」
瑞稀様……?!
洗濯物を落としそうになった私に眉を下げて笑う圭介さん。
「そんなに驚かなくても。どうせ一人で食事してんだからさ。瑞稀様がここでお夕飯食べる日、咲月ちゃんも一緒に隣で食べたらいいんじゃない?」
「め、メイドですよ?!私。そんな事…出来るわけないじゃないですか。」
尻込みした私を、少し圧がかかるような笑顔で覗き込む。
「それを決めるのは咲月ちゃんじゃないよ?瑞稀様。」
その有無を言わせない表情に思わずコクリと喉を鳴らしたら、また優しい表情に戻った。
「ほら、咲月ちゃんはメイドだけどさ…恋人でもあるわけだから。
明確な目的と理由があるなら瑞稀様だってお考えになると思うよ?」
「俺からも話してみるから、言ってみれば?」と肩をポンって叩くと足早に去って行った。
瑞稀様と…ここで食事。
た、確かに一番の近道かもしれないけど。
そんな事って、許されるの…?
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