にじいろの向こう側





「明日から俺と一緒に夕飯食うんだって?」


それから三日後、瑞稀様がお戻りになられた夜にお部屋を訪ねたら、私がご相談するよりも先に瑞稀様がさも普通の事のようにそうおっしゃった。


「……。」


驚き過ぎて受けた上着を持ったまま固まってたら、フハっと瑞稀様が笑う。
当の私は恥ずかしいやら、戸惑いやらで、瞬間的に身体が熱を放って視界が少しぼやけた。


「や、そ、そ、その…ち、違うんです…。」


慌てて言い訳しようとした私の頭に瑞稀様の手のひらが優しく乗る。


「…何だ、違うの?結構嬉しいって思ってたのに。」


『嬉しい』…。
私と食事するのが…『嬉しい』。


「本当に…いいんですか?」


その手のひらの重みをそのままに、改めて瑞稀様を見たら、ニコッと小首を傾げ微笑んだ。

「いいよ。どうせ一人だし。圭介居るけど食ってないし。
あの二人も暫く帰って来ないって言ってたからさ。咲月が座ってても怒る人は居ないでしょ?」


…『あの二人』。


少し口をムッと結んでジッと瑞稀様を見る私に、瑞稀様が少し気まずそうに眉を下げた。


「あ~…“父さんと母さん”…ね。半年だっけ?今回は。俺も次会うのは一ヶ月後にイギリスの会議と晩餐会でかな。」


そのお顔が少し赤くなる。


「奥様は少しニースでゆっくりされると。
読みたい本が溜まってるからとおっしゃっていまして。…素敵なブックカバーと栞をお持ちになりました。」


それが嬉しくて、私が頬を緩めたら「あ~…もう。」と呟きながら抱き寄せられておでこをつけられた。


「まあ、そんなわけでさ。
明日から俺がここで夕飯食うときはあなたも一緒に食ったら?俺もそんな食うわけじゃないから、量を増やさないで、俺のを二つに分けてもらう様に圭介には言っとくよ。
そうすりゃ、波田さんの負担も増えないし。」


そっか…いつもは“まかない”を食べてるからな。


「あ、俺がまかない貰うって手もあるし。」


瑞稀様は「一回食べてみたかったんだよね~まかない!」と私を解放すると、伸びをしながらタブレットを立ち上げる。


「明日からよろしくね?」と口角をキュッとあげた。



明日から…瑞稀様とお夕飯が食べれるんだ。
楽しみ…だな…。




…何て、思っていた私はやっぱり甘かった。











「いや~!今日はいつもに増して美味かった!」

「……。」

「ね?咲月?」


夕飯を終えて戻って来た瑞稀様のお部屋。


「では、私は一旦下がって、後ほどコーヒーをお持ちします。」


そう言って下がっていく圭介さんは明らかに面白そうな顔していて


「本当に、いい夕飯だった!」


瑞稀様は、この上なく楽しそう。
逆に私は、疲労感でぐったり。



“出されたお料理を食べる”



それだけの事なのに


「咲月、椅子はね、そうやって自分で前にひいたらダメ。やり直し。」

「ナプキン、それじゃあ、だめ。」

「スプーンの持ち方が悪い。」

「はいダメー。ナイフの使い方違う。もっかいね。」


一つの動きに何度もダメ出し。


「咲月、スープが冷製になっちゃうけど。」


瑞稀様は終始楽しそうだった。…隣に居る圭介さんも。



二人の余裕ぶりとは真逆に、私は…結局、最後まで必死過ぎて、一つも味なんて分からなかった。


これじゃあ、瑞稀様との外食なんて程遠いな…。


思わず深いため息をついてしまったら、瑞稀様はクスリと笑う。
そのまま、その腕が伸びてきて、抱き寄せられた。


「もうやめる?」
「やめません。絶対。」
「そっか。じゃあ…次回も俺は楽しい夕飯食えるんだ。」
「……。」


背中に回した腕に力を込めて顔を胸元に埋めたら優しく髪に指が通される。


「…瑞稀様。」
「ん?」
「お腹空きました。」


今度はフハって笑い声


「まあ、そのうち慣れるでしょ、こんなの。そしたら、料理も味わえるよ。」


頭を撫でてくれる手が暖かくてすごく満たされた。


「ねえ…咲月はさ、普段、どんな感じで食ってんの?」
「どんな…」
「や、咲月が好きな食べ物とか何なんだろうな~ってね、漠然と思ったわけ。今日一緒に食べてて。」


私が好きな物か…。


昔はハンバーガーが好きだったけれど、大きければ大きい程。


今は…


「波田さんのまかないが大好きです。」
「そんな美味いんだ、波田さんのまかない。」
「ほっぺた落ちます。」
「ふうん…どれ。」


頬を包まれて、そのまま鼻の頭をチュっと啄まれる。
思わず「んっ」と目をしくったら、今度は瞼に唇が触れた。


「んじゃ、次回は俺の夕飯、全部咲月にあげて、俺はまかない食おうかな。」


困り顔になった私に瑞稀様は目尻にしわ寄せて微笑む。
またコツンとおでこがぶつかった。


「…いつか、ちゃんと瑞稀様とお外でお食事できますか?」
「うん。慣れりゃすぐ出来るでしょ。」


頑張ろう…。
圭介さんに勧められた本ももう一度読んで今日教えてもらった事、復習して…。


「咲月?」
「はい。」
「そろそろ行こっか」
「え…?」
「風呂」
「……。」
「風呂の入り方は教えなくていいの?」
「はい、結構です。」


面白そうにハッと笑った瑞稀様は、そのまま手首をグイっと掴むと私を引っ張った。


「じゃあ…まあ、ゆっくり二人で入りましょうか?」





< 94 / 146 >

この作品をシェア

pagetop