にじいろの向こう側





翌朝、瑞稀様がお出かけになられてから、食べた、朝ご飯が、それは、それは、とても美味しく感じた。



あまりにもにこにこしながら食べる私に、一緒に食べていた坂本さんはカラカラ笑っていて、波田さんは「これも食べていいよ」とわざわざ出汁巻き卵を焼いてくれた。


やっぱり、何も気にせず、目一杯ご飯を食べるっていいな…とつくづく思う。
瑞稀様は幼い頃から作法を教えてもらって育って来たから、無意識にマナーを実戦出来るんだろうから、気にせずご飯を食べてるって事なのだとは思うけれど。
大口あけてハンバーガーを頬張ったりとかあまり想像出来ない…よな。


そう言う食べ方も、時と場合によるけれど、美味しく食べられることもある。
そう考えると、両方体験出来ている今の私の環境は恵まれているのかもしれない。

感謝しないと。付き合ってくれている瑞稀様や圭介さん、見守ってくれてる波田さんや坂本さん、涼太さんにも。


改めてそんな事を思いながら、朝食後に門の外側の掃除をしにお勝手口から外へ出た。


そのすぐ横。
高い塀を見上げている男の人が立っていた。


厚手のパーカーを着て、ジーパンのポケットに両手を入れている、猫背がちのその人は、ふわりふわりとそよ風に、柔らかそうな髪を揺らす。
横顔がどことなく眠そうなのに、凛としても見えて…不思議な雰囲気の持ち主だと思った。

全く見覚えのない人だけれど、その雰囲気だろうか。
不思議と、緊張感がさほど生まれては来ない。

小首を少し傾げた私に気がついたのか、それとも気がついていてこのタイミングなのかはわからないけれど、私の方を向いて柔らかく微笑むその人。


「ありゃ、みっかっちった。鳥屋尾さん…だよな?」

「は、はい…」

「そか。こんにちは。」

「『そか』じゃないんですよ。おじさん。みつかって、しかも挨拶してどうすんだよ。」


後から飽きれ気味に来た人。
佇んでいた人とさほど背は変わらないし、この人もやっぱり少し猫背だ。
被っていたキャップを少し、スッとあげると唇の両端をキュッとあげ、小首を傾げて微笑んだ。

その微笑みがあまりにも綺麗で、どことなく幼く見えるその顔立ちに思わず引きずり込まれそうになる。


「すみませんね、このおじさん、怪しくないんで。
ほら行くよおじさん…って、だからケツ触んな!」

「えーじゃんね…。」


その立ち去っていく後ろ姿をしばらく見守っていた。


何だったんだろう…怪しい感じも恐い感じもしなかったけれど。




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