懐妊秘書はエリート社長の最愛妻になりました
「ありがとう」
お釣りをしまった亮介が、ゆっくりとした動作でドアに向かう。
里帆が「ありがとうございました」と言えたのは、彼が出ていった後だった。それも消え入るくらいに小さな声で。
強張っていた体から力が一気に抜け、ふらふらと椅子に座り込む。
「里帆ちゃん、大丈夫? 顔色が悪いわ」
「……大丈夫です。ちょっとした立ちくらみなので」
心配そうに顔を覗き込んだ一子に、里帆は力なく笑った。
どうしてここに亮介が。
そんな疑問が頭の中をぐるぐると回る。
この場所を知っている人は、成島以外に誰もいない。亮介の前から消えるように言った成島が、彼に教えるはずもない。里帆は友人にすら知らせていないのだ。
今日は平日。スーツ姿の亮介から考えても、仕事の途中だっただろう。
でも、この土地に亮介の会社のかかわりはないはず。
いくら頭を悩ませたところで、里帆と亮介の間にはもう、なんの繋がりもないことに変わりはなかった。