懐妊秘書はエリート社長の最愛妻になりました
「ありがとう、母さん」
それを飲み終えたら出勤だ。急ごう。
亮介は喜代に軽く手をあげてリビングに向かう。
ドアを開けると、隆一は一人がけのソファで仕事前のひとときをゆったりと過ごしていた。
黒々とした髪をオールバックにし、ブラウンのスーツは亮介同様に三揃い。顔に刻まれた皺は六十五歳相応である。
幼い頃から、ふたりの間に父子という感覚はあまりない。一緒に遊んだ記憶は皆無。〝マリオスターのお偉いさん〟といった、どこか遠くの存在としての認識のほうが強い。
「こんな時間に珍しいな」
一瞥して手もとのカップに目を移す。
「父さんに報告したいことがあるんです」
「仕事の話なら会社で聞こう」
「そうじゃありません」
亮介がそう言うと、隆一は目線だけを上げた。
「結婚したい人がいます」
「ほぅ、どこのお嬢さんだ」