懐妊秘書はエリート社長の最愛妻になりました
「副社長の幸せを考えれば、立川さんがどういう選択をすれば最善なのかわかるのではないかと社長はおっしゃっております」
そのひと言で、成島が誰の指示でここへ来て、手切れ金を渡そうとしているのかを里帆は思い知る。亮介の父親でもある社長の黒木隆一が、彼と里帆を別れさせようとしているのだ。
成島は秘書室長であり、使者として里帆に会いにやって来たのだろう。
隆一は本気だ。本気で亮介と里帆を別れさせようとしている。
そう悟り、寒くもないのに体が震えだす。背中を伝う汗が、ひやりと冷たい。
いつかこんな日がくるのは、どこかでわかっていた。
身分違いの恋。
そんなたとえがぴったりの恋だった。
「詳細は今夜追って連絡します。立川さんはそれまで街を離れる準備を進めていてください」
成島は感情のない声色でそう言い立ち上がった。ポケットから取り出したハンカチで汗を拭う動作をしたが、本当にそんなものが流れているようには感じられない。まるで機械仕掛けだった。
里帆は力の入らない足を踏ん張り、砂を踏みしめる音を響かせて立ち去っていく成島を呼び止める。