懐妊秘書はエリート社長の最愛妻になりました
「ここに来たばかりのときの立花さんが嘘みたいね」
「……はい?」
「どうしようってオロオロするばかりで。今はすっかり母親の顔だもの」
伊織に言われ、里帆はそのときのことを思い返した。
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「堕胎には反対の立場だけど、理想論だけで出産を選ぶべきではないわ。夫婦ふたりが揃っていたって、出産と育児はとても大変なものなの」
陽性判定を受けて動揺する里帆から結婚の予定はないと聞いた伊織は、静かに淡々と言った。
「よく考えて、また来てちょうだい。でも堕胎には期限もあるから、のんびりしないように」
そのときの里帆は妊娠八週目。体の負担を考えれば十二週までにしたほうがいいと、伊織は言う。
人工中絶する場合には相手の同意書が必要だと看護師に渡されたが、当然そんなものは用意できない。亮介に連絡をとるわけにはいかないのだ。それも子供ができたなんて、言えるはずもない。