懐妊秘書はエリート社長の最愛妻になりました
「少しでいいんだ」
亮介と今さらなにを話せばいいのか。
「……ほんと、ごめんなさい」
力なく首を横に振り、唇を噛みしめる。
そのとき不意にお腹がピクッと動いた。無意識に手をあててそっと撫でる。
父親の登場に反応したわけではないだろうが、ドキッとさせられた。
「里帆ちゃん、試作品なんだけど、これ……ってどうかした?」
一子が店内に現れ、亮介が一歩下がる。
「あ、いえ。……えっと、こちらもとてもおいしいからおすすめですよ」
取り繕ったように目の前のパンを手で指す。咄嗟にパンの紹介を装った。
「……そうですか。それじゃこれも買ってみます」
亮介もそれに乗り、ほかにいくつかトレーにのせて会計を済ませた。
去る間際に見せる笑顔は一子がいる手前だろう。
普通の客として店を出ていく亮介の背中を見つめ、里帆は胸が締めつけられる思いだった。