懐妊秘書はエリート社長の最愛妻になりました


◇◇◇◇◇

栄養剤の点滴を受け、鉄剤を処方された里帆には、再び日常が戻っていた。

珍しく小雪が舞ったあの夜、薄っすらと白く染まった街は翌朝にはいつも通り。亮介が現れたのも、雪のように儚い出来事として通り過ぎていった。


「母さん、これはここでいいんだろう?」
「違うわよ。それはこっち」


ベーカリー工房みなみに、いつもとは違う賑やかな空気が流れる。
南夫妻の息子、修太朗(しゅうたろう)が来ているのだ。年度末を来月に控え、有給消化なのだとか。
たまには実家を手伝おうということらしい。


「あ、里帆ちゃんはそこに座ってなよ」


手を出そうとした里帆を制して、あちこち忙しなく動き回る。サラサラヘアではっきりとした顔立ちの好青年で、人当たりがいい。

会うのは正月以来二度目。それでも幸則や一子同様、里帆を優しく気遣う。


「もう安定期なので大丈夫なんですよ?」
「そうなのか? その割にお腹、全然目立たないなぁ」
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