懐妊秘書はエリート社長の最愛妻になりました
「……それじゃ、せめて認知だけでもさせてくれ」
そうくるとは思いもしなかった。そこまで食い下がるのは想定外。でも、それもうなずくわけにはいかない。
里帆は首を横に振った。
そこでふと、彼を諦めさせる最大のフレーズを思いつく。たぶんそれを言えば、亮介の慈愛に満ちた気持ちも急速に冷めていくだろう。
「お金でいいです」
「え?」
「お金で終わりにしてください」
手切れ金を受け取った女だからこそ、妊娠もお金で解決する。
それでいい。これできっぱりと亮介と決別できる。彼を解放してあげられる。
強気で言ったくせに声が震えた。
本音ではすがりつきたい自分がいて、油断をすると顔を覗かせそうで気が気でない。
この場を早く収めたいのに、これで亮介とは本当に最後だと思うと、里帆は自分から席を立てなかった。
「……わかった。後でべつの者から連絡させるから、振込先を教えてやってくれ。パン屋に電話を入れる」
亮介の声から温度が消えた。顔は見られないが、きっと彼の目は今、軽蔑に満ちているだろうと推測できる。
亮介が立ち上がり、伝票を掴む。里帆はその顔を最後まで見られなかった。