たとえば、こんな人生も
―ふわりと鼻先を掠めた甘い香り


「当店をご利用のお客様ですか?」


どこまでも落ち着いたそんな声と共に
横から現れて、振り下ろされる直前だったその人の手首を掴んだのは


いつきさんだった



「あ?」

「あらかじめ受付でご説明させて頂いたはずです
当店の姫への暴力、暴言
店外での接触は禁止となっております」



柔らかいけど、どこか威圧感のある態度

その人の手首を掴んだままの手には
かなり力が入ってる

振りほどけない様子のその人は無言でいつきさんを睨み付けた

鋭い眼光にもいつきさんはものともしない


「お守り頂けないのなら
しかるべき処置を取らせていただきますが」


淡々と言葉を続けて
ちらりと後ろを振り返るいつきさん

そこには姉さんのガードマンが控えてた


「……っち」


大事になるのはまっぴらごめんの様子

いつきさんが手を離すのと同時に
私の拘束も解けて

忌々しそうに舌打ちして
近くにあったごみ箱を蹴り飛ばすと
その人はそのまま去っていった
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