白雪姫に極甘な毒リンゴを

花火大会

◇◇◇

次の朝。　

そう、花火大会の朝です。


「りっちゃ～～～～～ん」


　私が朝ご飯を作り終えると、
　頭が爆発しているお父さんが、
　ムササビみたいに手を広げて抱き着いてきた。


　桃ちゃんが私のことを、
　ムササビみたいって言う意味が、
　よく分かったよ。


「りっちゃん、
　昨日は学校で倒れちゃったみたいだけど、
　大丈夫か？

　まだ寝ていていいんだぞ。
　なんだったら、明日まで寝ていても」


　お父さん、大げさなんだから。

　
「もう大丈夫だよ。
　昨日はごめんね。　
　お父さんが仕事中だったのに、
　学校まで迎えに来てくれたんでしょ？」


「りっちゃんのためなら、
　どんな時でも駆けつけるから。

　だってりっちゃんは……りっちゃんは……」


　なぜ、
　このシチュエーションで泣き出すかな。
　お父さんは。

　
　お父さんはガバッと私から離れると、
　涙をこすりながら
　お母さんの仏壇の前に走って行った。


「高校生の娘が、
　父親に溺愛されすぎてんのも、
　どうかと思うけどな？」


「お兄ちゃん？」


　突然、後ろから話しかけられて
　びっくりしちゃった。


　こちらの方も、
　いつもゆるフワにセットされている髪が、
　爆発していますけど。

　お父さんとお兄ちゃんは
　やっぱり親子だなっと思ったら、
　微笑ましくてフフフと笑ってしまった。
　

「六花、何だよ！」


「べ……別に……何も」

　
「俺さ、
　朝一でバイト入らなきゃいけなくなった。
　熱で休む奴がいるらしくて。　

　時間ギリギリだから、朝ご飯いらないから」


　そうだよね。


　その髪型を何とかしないと、
　誰もご指名をしてくれなくなっちゃうもんね。


　でも、その爆発した髪型のまま、
　パステルブルーのサンバイザーをつけて、
　ジェラートをすくってほしいな。


　そしたらカメラを持って、
　写真パシャパシャ撮っちゃうのに。


　妄想でニヤニヤしている私を、
　ギロリと睨みつけると、
　お兄ちゃんは洗面所に走って行った。


　それから１５分後。


　髪と格闘して勝利をおさめたお兄ちゃんが、
　食器を洗う私のところにやってきた。


「５時に春香おばさんのところだからな。
　浴衣と帯、忘れずに持って行けよ」


「わかってるよ」


「あとさ……」

　
　ん？　

　何だろう？


　お兄ちゃんが急に、
　モゾモゾし始めたんですけど……


「花火大会に行くときは、

　メガネ禁止……　

　おさげ禁止な。」


　そんなことわかっているよ。


　赤城家のしきたりで、
　外に出るときはメガネにおさげでしょ……

　って……


　は？　


　今、なんとおっしゃいました？


　メガネ禁止？　

　おさげ禁止？

　
　そんな格好で外を歩いたら、
　私、軍服を着た赤城家の先祖に、
　追いかけられちゃうよ。


　逃げ場のない突き当りに追い詰められ、
　斧でグサッとやられちゃうよ。


「お……お兄ちゃん！

　メガネにおさげで花火大会に行かないと
　まずいでしょ？
　私、血まみれになっちゃうよ」


「あれ、嘘だから」


「はい？」


「赤城家の呪いなんて、
　俺が勝手に作った嘘だから！！！」


「えぇぇぇぇぇぇぇ！！！」


　なんじゃと～　

　それは！！！


　子供の頃、
　軍服を着た男の人の写真を私に見せて、
　何度も何度も語っていたじゃん。


　私……信じていたんだから！！


　だから毎日、ダサい格好して、
　学校に通っていたんだから！！


「俺、お前にかまっている時間ないから。
　ちゃんと、春香おばさんのとこ行けよ！」


　お兄ちゃんはそう言うと、
　逃げるように玄関を出て行った。


　お兄ちゃんの奴……
　一言も謝らないで、
　バイトに行っちゃったし……


　私は、
　お兄ちゃんへの怒りを何かにぶつけたくて、
　まな板の上にキャベツを丸ごと置くと、
　思いっきり早く包丁を動かし、千切りにした。


　明日のお兄ちゃんの朝ご飯は、
　山盛りのキャベツだけにしちゃうんだから！