白雪姫に極甘な毒リンゴを


「お兄ちゃん、なにか機嫌が悪い?」


「は? 悪くねえし」


 お兄ちゃんが『悪くねえし』って
 そっけなく言い放つときは、
 だいたい機嫌が悪い。


 言いたいことがあるなら、
 はっきり言ってくれればいいのに。


「十環先輩、どこに行っちゃったんだろうね」


「あ。六花探してたら、十環のこと忘れてた」


 お兄ちゃんはすぐさま、十環先輩に電話。


 また、鳴門橋で落ち合った。


「りっちゃん、
 気づいたらいなくなっていたんだもん。

 びっくりしたんだよ~

 一颯なんてさ、
 血相変えてりっちゃんを探しに
 行っちゃってさ」


「おい、十環のバカ。
 変なこと、六花に言うなよ」


「俺は、本当のことを言っただけだよ」


 十環先輩が柔らかく微笑む隣で、
 お兄ちゃんは番犬のように吠えている。


 そのやりとりが面白くて、
 つい笑ってしまった。


「六花、もうはぐれないように、
 俺の浴衣の袖でもつかんどけ」


「じゃあ俺とは、手を繋いじゃおっか。
 りっちゃん、はい、手を出して」


「は? 誰が十環の手なんか繋ぐかよ。
 な、六花」


「え? なんで?

 俺のところに来る子たちなんか、
 手を繋ぎたいって俺に言ってくるよ」


 十環先輩が手を出して、
 お兄ちゃんが十環先輩の腕を払いのける。


 お笑いコントみたい。


 本当に仲がいいな。
 お兄ちゃんと十環先輩って。


 お兄ちゃんがもっともっと、
 般若みたいな顔で
 十環先輩に突っ込んでほしくて、
 私は差し出された十環先輩の手を
 握ってみた。


 お兄ちゃん火山の噴火まで、
 5秒前くらいかな?


 そう思っていた時。


「十環……くん……」


 私たちの後ろから、
 はかなく消えそうな声が耳に届いた。


 十環先輩と手を繋いだまま振り返ると、
 そこには、男が守ってあげたくなるような、
 『可憐』って言葉が似合いすぎる
 女の人が立っていた。


「結愛(ゆあ)……さん……」


 いつもニコニコ微笑んでいる十環先輩が、
 一瞬で固まった。


「十環くん、久しぶりだね。元気だった?」


「あ……うん」


「良かった……

 十環くんの隣にいるの、彼女さん?」


 彼女って、
 私を十環さんの彼女だって勘違いしている?


 結愛さんの瞳が、
 切なそうに私を見つめている。


 早く勘違いを解かないと。

 私は彼女なんかじゃないって。


 そう思って十環先輩の手を放そうとしたのに、
 十環先輩は一層強く、私の手を握った。


「そうですよ。俺の彼女。」


 急いで違うって言おうとしたのに、
 十環先輩の顔を覗いた瞬間に
 口が動かなくなった。


 なんでそんな悲しそうな眼をしているの?


 必死に笑顔を作っているけど、
 その瞳の奥に辛い思いを隠しているのが
 はっきりわかった。


「そ……そうだよね。
 十環くん、2年前より
 かっこよくなっているものね。

 実は私もいるんだ。彼。

 来年には、結婚することになっているの」


 十環先輩の笑顔が一瞬、ぎこちなくなった。


 それでも、必死に笑顔を作っている。


 結愛さん…… 

 本当に彼のことが好きなのかな? 


 心から大好きな人と、結婚するのかな?


 目の前の結愛さんを見ると、
 違うんじゃないかなって思っちゃう。


 今でも十環先輩のことが、
 好きでたまらないって、
 その透き通った瞳が叫んでいる気がする……


「結愛さん、お幸せに。
 りっちゃん、いこっか」


 本当にいいの?


 ここで別れちゃっていいの?


 お互い、好き同士なんじゃないの?


 十環先輩は、まったく口を開かぬまま、
 私の手を引っ張って歩き続けている。


 そして5分くらい歩いたところで、
 繋いでいた手をほどいた。
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