白雪姫に極甘な毒リンゴを
「りっちゃん、ごめんね。
びっくりしたでしょ」
十環先輩は、穏やかに微笑んだ。
「い……いえ」
「一颯も悪かったね。
なんか空気悪くしちゃって」
「十環、いいのか?
お前、今でも……」
「もういいんだよ。
別れを選んだ2年前に終わっているんだよ。
結愛さんとは」
なんでこんな時でも、
十環先輩は笑い続けているんだろう。
絶対辛いはずなのに、
笑顔を絶やさないんだろう。
「一颯、ごめん。俺、先に帰るね。
明日も朝一で、バイト入っているからさ」
そう言うと、
私たちにもう一度微笑んで、帰って行った。
十環先輩の小さくなっていく背中を見つめる
お兄ちゃんが、つぶやくように言った。
「結愛さんって、十環の元カノ」
お兄ちゃんの声が、
いつもより弱々しくて、
十環先輩を心配しているのが
ヒシヒシと伝わってくる。
「十環が高1の時に、
付き合っていたんだ。あの二人。
結愛さんは高3で、同じ高校の先輩でさ。
あいつ、大好きだったんだよ。
結愛さんのこと。
でもさ、結愛さんが高校を卒業したら
東京に行くって言いだしたくらいかな。
二人がギクシャクしだして、結局別れた」
そんなことがあったんだ。
十環先輩って、
『女の子ならだれでもかわいい』って
微笑みながら、特定の彼女を作らないから、
不思議な人だって思っていた。
まだ結愛さんのことが、
忘れられないからだったんだね。
「あいつさ、
絶対に俺の前で弱みをみせないの。
いくら辛くてもさ、
ヘラヘラ笑って隠すんだぜ。
自分の部屋にこもって、
一人で泣くんだろうな。十環の奴」
十環先輩を心配するお兄ちゃんの横顔に
切なさが滲んでいる。
「もう、帰るぞ。
俺の袖、しっかりつかんでろよ。
さっきみたいにいなくなられるのは、
マジ勘弁だからな」
お兄ちゃんの浴衣の袖をつかんで、
お兄ちゃんの一歩後ろを歩く。
家に着くまで、
お兄ちゃんは一言も言葉を発しなかった。