白雪姫に極甘な毒リンゴを

「赤城さんの夕飯は、たこ焼き?」


 見事に夕飯のメニューを当てられ、
 コクリとうなずいた。


「そうなんだね。
 俺に双子の弟がいる話、前にしたでしょ? 
 小6の。

 その弟たちが、
 マグロの刺身が食べたいってうるさいから、
 買いに来たの。

 なめられているんだ。 俺、弟たちに」


 七星くんが、弟さんたちに
 『マグロを買って来い』って
 命令されている姿を想像したら、
 フフフと声に出して笑ってしまった。


 七星くんと、普通に話したのって久しぶり。


 2学期が始まっても、今みたいに話せたらな。


「俺さ」 「七星くん」


 私と七星くんの声が重なった。


「えっと、赤城さんからいいよ」


「あ……うん……

 私ね、もう七星くんのこと、
 なんとも思ってないから……

 だから……

 学校が始まっても……
 前みたいに話しかけてもいいかな?」


 さっきまで笑顔を向けてくれていた
 七星くんの表情が、一瞬、曇った気がした。

 
 でも、また微笑んでくれているし。

 
 私の勘違いかな。


「あ、俺も。
 また話せたらいいなって思っていた。 
 赤城さんと」


 嬉しい。 


 嬉しいけど……


 七星くんの笑顔を見ると、
 心の奥の奥にしまい込んだ感情が、
 カギを壊す勢いで心のドアを叩いている。


 私はまだ、七星くんへの思いが消えていない。


 はやく逃げなきゃ!


 ここから逃げ出さなきゃ!


 七星くんへの恋心が、
 ドアをたたき割ってあふれ出す前に。


「あ、紫音くんにたこ焼き粉を
 探してもらっているんだった。

 七星くん、また2学期にね」


 なんとか笑顔を作って、
 私は七星くんの前から逃げ出した。


 もう、七星くんのことなんて
 吹っ切ったと思っていたのに。


 こうやって七星くんと話しても、
 もう平気だって思っていたのに。


 七星くんの純粋な笑顔を見ただけで、
 封印していた思いが
 こみ上げてきちゃうなんて。


 買い物カートをガラガラ押しながら、
 紫音くんを探した。


 あ……いた


 紫音くんは、棚の前にしゃがみ込み、
 両手に粉の袋を持っていた。


「紫音くん……」


「あ、六花。 たこ焼きの粉ってどれ?

 薄力粉? それともパン粉? 
 もちっとしているから、白玉粉?」


 どれも違うよ! 

 たこ焼きの粉っていうのがあるんだよ!


 そう言って笑いたいのに、
 声すら出てきてくれない。


 出てくるのは、涙だけ。


 こんなことで泣きたくないのに。


 週に3回は通うスーパーなんかで、
 泣きたくないのに。


 そんな私を真顔で見上げていた紫音くんが、
 ゆっくりと立ち上がった。


「六花、どうかした?」


「七星くんが……いた。

 ちゃんと言えた……。

 もう、なんとも思ってないって」


 泣くのが悔しくて、
 唇を強くかんでいるのに、
 涙が止まってくれない。


「それで、俺になぐさめてもらいに来たの?」


「……うん」


「六花、よくできました」


 紫音くんは私を優しく抱きしめてくれた。


 紫音くんに包まれていると、
 すごく安心する。


 

 ひゃ! 


 ここは危険エリアだった!


 こんなご近所スーパーで
 男の子に抱きしめられたまたでいたら、
 誰に見られるかわからない。


 学校からも近いし……


 私はするするっと、
 紫音くんの腕から逃げ出した。


「ありがとう……

 もう……大丈夫だから……」


「え? もういいの?
 俺は、ずっとこのままでも良かったのに」


 紫音くんが、
 ニヤッとした顔で私を見つめた。


「だって……

 誰に見られちゃうかわからないもん」


「そうやって、
 すぐ照れて顔が真っ赤になるところ、
 かわいいじゃん」


 かわいいって言われると、
 恥ずかしくて余計顔が赤くなっちゃうよ。


「早く買い物済ませて帰らなきゃ」


「そうだ!
 俺、粉を探していたんだった」


「紫音くん、
 白玉粉じゃたこ焼きは作れないからね。

 ちゃんと、
 たこ焼きの粉って言うのがあるんだから」


「そんなの知らないし。
 俺、料理なんてしたことないから。
 六花の作るたこ焼き、食べてみたいな」


「夕飯、私の家で食べてく?
 お兄ちゃんに聞いてみないとだけど」


「行く!行く!
 行くに決まってんじゃん!!

 俺、一颯先輩とご飯食べるの、
 夢だったんだよ~」


「紫音くん、大げさだね~」


 紫音くんの『一颯先輩LOVE度』の強さに、
 笑ってしまった。


 そんな私たちを、
 七星くんが見ていたことも知らずに。

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