白雪姫に極甘な毒リンゴを
「顔を見せてくれなくていいからさ、
六花、答えて。
今の話、聞いていたよね」
「う……うん」
しばらくの沈黙の後、
桃ちゃんが口を開いた。
「まさかこんな形で、六花にばれるとは。
一生、六花には隠し通すつもりだった。
私が中学の時に、番長だったってこと」
さっきも男の子が言っていた。
番長って、子分を引き連れて、
ケンカしたりするヤンキー集団の
トップってことかな?
そんなのは、自分の親よりもっと前の話で、
今のご時世にも存在するなんて
思ってもいなかった。
私は、タオルからひょこりと顔だけ出して、
桃ちゃんに尋ねた。
「ケンカとか、していたの?」
「まあね……」
「不良だったってこと?」
「中学の時は、売られたケンカは買ってた。
仲間も守らなきゃいけないから、
私が強くならなきゃって必死だった」
桃ちゃんが、喧嘩してる姿……
私には想像ができないな……
「でもさ、ある時気づいたんだよね。
私、友達っていないなって。
番長になってからは、
みんな私に敬語だったし。
甘える相手もいなかった。
だから、うらやましかったんだ。
友達がいる子たちのこと」
なんて言ったらいいかわからず、声がでない。
「高校に行ったら、
ヤンキーだった過去を全部捨てて、
友達作ってやるって思ってた。
だから、
バスで1時間半もかかる遠い高校を選んだの」
「桃ちゃんは私のこと、信用できなかった?」
「え?」
「桃ちゃんの過去を知っちゃったら、
嫌いになるって思った?」
「六花なら、
誰にも言わないだろうなって思ったし。
自分のことを言っちゃおうかなって
思ったこともあったよ。
だって案外つらいんだよ。
素の自分を隠し続けるのって。
でも……
六花にはヤンキーだった過去を言えなかった」
「なんで?」
「六花が、一颯先輩に酷いことを言われたって
泣きついてくるたびに、思ってたから。
私と一颯先輩って、似てるなって」
「え? 似てない!
ぜんぜん似てないよ。
桃ちゃんは優しくて、
私のことをいつも慰めてくれるじゃん」
「でも、六花も見たでしょ。
私が中学時代の仲間に、
きつい言い方をしてるところ。
あれが本当の私。
一颯先輩以上に悪魔だからね。 私は。
どう? わたしのこと、嫌いになった?」
全然違う。
お兄ちゃんと桃ちゃんは全然違う。
桃ちゃんが、
あのバスケ部の人たちと話していたのを
聞いて思ったもん。
この人たち、
本当に桃ちゃんのことが好きなんだなって。
それに、私がつらいときは、
いつだって桃ちゃんが話を聞いてくれた。
そして、慰めてくれた。
私は、うつむきながら
ブンブンと顔を横に振った。
「六花……」
「ごめんね、桃ちゃん。
この前はひどいこと言っちゃって……
本当にごめんね。
どうしても嫌だったから。
桃ちゃんが、
私よりもクルミちゃんと仲良くしていたのが」
「え? そんなことない……」
「あるよ。
このまえの学校帰り、
二人で買い物に行ったんでしょ?」
「あれはバスに乗り遅れて……
次のバスが来るのは2時間後だったから……」
「クルミちゃん言っていたもん。
私を誘おうって言ったら、
桃ちゃんが『六花はちょっと……』って」
「それは、
六花はケイタイを持ってなかったから、
連絡取れないよって思って」
「桃ちゃんに言われたから、
だから聞かなかったのに。
おうちのことも、中学のことも。
それなのに、
クルミちゃんには話したんでしょ?」
「話したわけじゃないよ。
クルミが知ってたの。
誰に聞いたかは、
教えてくれないんだけどね」
「私……
桃ちゃんの一番の友達だと
思っていたのに……」
ももちゃんは、何かに気が付いたのか、
はっ!っという顔をして、
目を細めて微笑んだ。
「私も……そう思った……」
「え?」
「こんな情けないこと、
口が裂けても言えないって
思っていたんだけど。
六花にあの話をされたとき、腹が立った。
私って、
六花の一番の友達なんじゃないの?って」
「あの話の時?」
「六花が、北海道に行くって言った時」
なんでだろう?
どうして桃ちゃんの、
かんに障っちゃったんだろう。
「私、何かひどいこと言った?」
「言ったよ。めちゃくちゃ言った。
北海道って……
私と会えなくなるのに、
六花は平気なの?って思った。
極端に言えば、
日本の真ん中から北の端くらい
離れているんだよ。
簡単には会えないんだよ。
それなのに、なんで平気なの?って。
そしたら無性に、腹が立った」
「思ったよ。
桃ちゃんと離れたくないって……
でも……
お兄ちゃんから
離れてあげなきゃって思ったから。
お兄ちゃんは苦しみ続けているから。
お母さんを見殺しにした私が家にいるかぎり」
「お母さんを、見殺しって……」
「私のせいなの……
お母さんが……亡くなったのは……」
桃ちゃんは、
私の瞳をまっすぐ見つめたまま固まった。