白雪姫に極甘な毒リンゴを


 親父は壊れたロボットみたいに、
 左右に頭を振っている。


 そして『あ~』と一人で納得した。


「ペットを飼いたいとか?

 この家はペット買うの禁止って
 俺が決めたもんな。

 でも大変だぞ。
 家事も自分でやって、ペットの世話もして」


「違うから」


「一颯、あれか?

 同じクラスに彼女ができて、
 二人だけでいたいから家を借りたいとか?

 気持ちはわかるが、まだ高校生だしな。

 相手の親御さんに挨拶してからじゃないと」


「だから、そんなんじゃないって」


 親父は、
 俺が嘘なんかついてないってわかっている。


 でも、俺が六花を好きって信じたくなくて、
 こんな妄想でごまかしているんだと思う。


 親父を泥沼の現実に引きずり戻すように、
 俺は低い声で言った。


「俺は、六花が好きだから」


 親父は急にソファから立ち上ると、
 無言&無表情のまま、
 部屋の中を行ったり来たり。


 そして俺の前でピタっと止まると、
 俺の両肩を持って言った。


「一颯、
 俺と母さんでお前に言ったことがあったよな。

 『兄として、
 りっちゃんを守ってやって』って」


「覚えてるよ。

 その約束があったから俺、
 六花への思いは隠し通そうと思っていた。
 死ぬまで」


「じゃあなんで、
 りっちゃんに言っちゃったんだよ?」


 俺は、
 自分の感情の波が押し寄せるのを感じて、
 肩に置かれていた親父の両手を振り払った。


「六花への思いを隠し通すなんて、
 無理に決まってんじゃん。

 同じ高校に行ってんだぜ。

 一緒に住んでんだぜ。

 兄として六花に
 接しなきゃって思えば思うほど、
 自分の気持ちが膨らんでくんだよ。

 もう、無理なんだよ。

 俺が絶えられないんだよ」


「お前、りっちゃんは妹なんだぞ。

 いくら血がつながってないとはいえ、
 兄と妹なんだぞ。

 一颯がりっちゃんに気持ちを伝えたら、
 その関係が壊れることぐらいわかっただろ?」


 そうだよ。


 それくらいわかってたよ。


 だから今まで、我慢してたんじゃん。


 でも……


「親父なら、
 わかってくれるかもって思ったよ」


「は?」


「母さんのこと、
 好きで好きでしかたないじゃん。

 亡くなってもうすぐ9年なのに、
 未だに母さんの墓の前で泣いてるじゃん。

 親父が俺の立場だったら、
 同じようにあきらめていたのかよ?

 大好きな母さんと、
 ずっと一緒にいたいって、
 思わなかったのかよ?」


「一颯……」


 親父はゆっくりと深呼吸をすると、
 熱が引いた瞳で俺をまっすぐに見つめた。


「お前には、
 俺みたいな恋をしてほしいって
 ずっと思っていた。

 大好きでしかたない人と出会って、
 幸せになって欲しいって。

 でも……俺は、りっちゃんの父でもある。

 りっちゃんの幸せも願っている。

 お前が告白して、
 りっちゃんはなんて言ったんだ?」


「驚きすぎて、固まってた。

 そりゃそうだよな。

 今まで悪魔みたいなひどいこと
 ガンガン言ってイジメてきて、
 いきなり『好き』なんて言われても、
 信じられないよな。

 俺だってわかってんだよ。

 六花が俺のことを嫌いだってことくらい。
 
 六花だってさ、
 俺がこの家にいたら気まずいじゃん。

 それに俺がいたら、また言い出すぞ。

 『春ちゃんと北海道に行く』って」


「は? なんだよそれ? 
 りっちゃんが北海道に行くって
 言っていたのか?

 俺、父親なのに、聞いてないぞ……」


「親父に言うと、
 滝のように涙流して抱き着いて止められるって
 六花はわかってんだろ?

 俺と離れたくて、
 北海道に行きたかったみたいだからな。

 桃ちゃんが引き留めてくれたみたいだけど。
 
 俺が出ていかない限り、
 六花もこの家に住むのが辛いじゃん。

 だからさ、一人暮らしをさせて欲しい。

 入れるかわかんないけど、
 学園の寮に空きがあるか、
 明日聞いてくるからさ」


「お前ってさ、
 ガキなのか大人なのかわからんな」


「ま、親父の息子だからな」


 親父は『考えておく』と言ってくれた。


 そして次の朝、
 俺は六花が起きる前に家を出て、
 十環の家に当分、
 泊まらせてもらうことにした。

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