白雪姫に極甘な毒リンゴを
昼休み、ヘッドホンを耳に押し当てながら、
自分の席で本を読んでいた時、
いきなり聞いていた音楽が遠のいていった。
は?っと思って後ろを振り返ると、
俺のヘッドホンを手に、
ニヤッと笑っている奴が。
「返せよ」
俺の冷え切った言葉を跳ね返すかのような
満面の笑みを浮かべていたのは、
同じクラスの佐伯 茜(さえき あかね)
だった。
俺が女子なんて無視しまくっているから、
最近は俺に声をかける女子が
少なくなってきたのに、
こいつだけはめげずに、毎日話しかけてくる。
「一颯くん、私の名前、憶えてくれた?」
は?
どうでもいい。
女子の名前なんて、覚える気ないし。
俺はいつものように、
こいつのことを無視して本に目を戻す。
その時、
鳥肌が立つくらい透明感のある歌声が、
俺の耳に飛び込んできた。
ハッとして歌声のするほうに目をやると、
俺のヘッドホンを耳に当て、
佐伯が外を眺めながら
俺の大好きな曲を口ずさんでいた。
吸い込まれるような歌声に、
佐伯から目が離せられない。
そんな俺に気づいて、
佐伯が歌うのをやめて微笑んだ。
「一颯くん、この歌好きなの?」
この学校に来て、
女子の質問に答えたいと思ったのは
初めてだった。
俺は恥ずかしさもあって、
佐伯から目をそらしたまま
「ああ」と、そっけなく答えた。
「私も大好き。アルティメットの曲」
そう言った瞬間の佐伯の微笑みが、
なぜか六花と重なった。
佐伯と六花は、見た目も全く違う。
六花は150センチもないくらい
背も小さくて、華奢な体型。
佐伯は170センチくらいありそうで、
手足がほっそりしていて長い。
六花は、淡雪のように、
真っ白く艶めいた肌をしているのに対し、
佐伯は太陽が似合う、
小麦色の健康的な肌をしている。
桃ちゃん以外に心を開かないくらい、
大人し目な六花に対し、
誰にでもハイテンションで話しかける佐伯。
こんなに違うのに、
なぜ、六花に似ているって思ったんだろう。
自分の不可解な思考回路が
気になりだした時には、
佐伯のことを見つめている自分がいた。
「佐伯って……
案外、歌うまいな」
「案外って何よ!
めちゃくちゃ歌が上手の間違いでしょ?
ま、いっか。褒められたってことだものね」
佐伯は一人で
「フフフ」と笑ったかと思うと、
急に眼を吊り上げて、
口をぷーっとつぼめた。
「一颯くん、私の名前を呼ぶなら
「あかね」にして!
さえきって呼ばれるのは、なんか嫌!」
「いいだろ。
俺がお前のことをなんて呼ぼうが」
「嫌だよ。
男子はみんな私のことを
「佐伯」って呼ぶから、
一颯くんには「茜」って
呼んで欲しいんだもん」
なんかこいつ……
変な奴。
そう思った時には、
アハハと声を出して笑っていた。
この学校に入って、
俺が笑ったのは初めてだと思う。
クラスの奴らも、
珍しいものを見たって顔で俺を見ている。
でもそんなこと、
不思議と気にならなかった。