白雪姫に極甘な毒リンゴを

 もう何時間、ここにいるんだろう。


 ふと時計を見ると、
 夕方の5時半を回っていた。


 太陽はとっくに沈み、
 住宅街の一角にあるこの場所は、
 各家から漏れる、幸せあふれる明かりと、
 私がもたれかかている、
 淋しそうに佇む電柱の光だけで薄暗い。


 お兄ちゃんが家を出てから、
 もうすぐ5時間か……


 いつ帰ってくるのかな?


 それとも、彼女さんとお泊りでもして、
 今日は帰ってこないのかな?


 どうせ彼女ができたお兄ちゃんに会っても、
 私を選んではくれないって
 わかってはいる。


 それでも、
 自分の気持ちだけは伝えたくてしょうがない。


 日が落ちてから、一段と寒さが増して、
 私はフードを頭までかぶり、
 その場にしゃがみ込んだ。


 手に息を吹きかけ、こすって、
 少しでも寒さをしのげるように。


 その時、耳に届いた透き通った女性の声。


 その上に重なった笑い声は、
 
間違いなくお兄ちゃんだ。

 はっとして顔を上げると、
 女性と指を絡めて手をつなぎ、
 笑いあっているお兄ちゃんと目が合った。


 鬼のように睨みながら、
 こっちに向かってきたお兄ちゃん。


 今まで一緒にいた中で、
 一番恐ろしい瞳で睨まれ、
 あまりの恐怖に、
 しゃがんだまま目を地面に伏せた。


「何やってんだよ!

 帰れって言っただろ?」


 お兄ちゃんの顔が怖くて見られない。


 でもその低く怒鳴りつける声で、
 火山が噴火するほど怒っていることはわかる。


 その時、彼女さんが明るい声を響かせた。


「一颯、どうしたの?
 この子、怯えちゃってるよ」


「こいつ、俺の妹だし」


 吐き捨てるようなお兄ちゃんの声が、
 私に『今すぐ帰れ!』って
 伝えているのがわかる。


 そうだよね……


 彼女さんとクリスマスデートの最中なのに、
 私なんかがいたら、しらけちゃうもんね。


 もういいか。


 このまま帰ろう。


 お兄ちゃんに気持ちを伝えず、
 この場から逃げ出そう。


 そう思って顔を上げたとき、
 私の目の前に、
 ニコニコ笑顔の彼女さんがしゃがみ込んだ。
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