白雪姫に極甘な毒リンゴを

「お待たせ!」


 桃ちゃんが一足早く、
 リビングのドアをくぐった。


 ヒャ~~ 


 浴衣姿で、七星くんの前に出るのなんて、
 恥ずかしすぎるよ。
 

「六花、早くおいでよ」


「ちょっと、桃ちゃん……」


 桃ちゃんに引っ張られ、
 リビングに入ると……


「りっちゃ~ん」


 そう叫びながら、
 誰かが私に抱きついてきた。


「浴衣姿のりっちゃん、可愛すぎる!!!」



 って、私に抱きついているの……

 お父さんだし……



 お父さんが帰ってきたこと
 気づかなかったよ。


「親父、六花の友達の前だぞ。
 いつもみたいに抱きつくの、やめろよな」


 いつもより、
 悪魔感が2割ダウンのお兄ちゃん。


「だって、しょうがないじゃないか!
 こんなにかわいいんだぞ!うちの子は」


「親父が六花のこと、
 好きなのはわかったから」


 お父さんはしぶしぶ、私から離れてくれた。


 どよーんと落ち込んでいるみたいだけど、
 かわいそうなことしちゃったかな……


 そんな心配をした直後、
 いきなり目を輝かせて、
 私の所に戻ってきたお父さん。


「六花、タコ買ってきたぞ。 タコ!」


 そうだった。


 『たこ焼きのタコは、
 お父さんに任せなさい』って
 得意げに言ってくれたから、
 お任せしたんだった。


「お父さん、ありがとう」


「六花……
 親父にお礼を言うのは、
 タコを見てからにしな」


 タコを見てから?


 お兄ちゃんの言葉が、理解不能。


 買ってきてくれただけで
 ありがたいのにと思いながら、
 発泡スチロールの箱を開けると……


 お父さん……


 嘘ですよね……



 そこには、1匹丸ごとのタコが、
 ぐで~んと手を広げて
 いらっしゃいました。


「お父さん……

 このタコ、どこで買ったの?」


「りっちゃんが友達を呼んで、
 たこ焼きパーティーをするって言うからさ、
 知り合いの漁師に頼んで、
 1匹まるごと仕入れてもらったわけ。

 りっちゃんの笑顔が見たくてさ」


 お父さん……

 ごめんなさい……

 どう頑張っても……
 お父さんに笑顔を見せて
 あげれそうにないよ……


 だって、今から、
 私をまっすぐ見つめる
 つぶらな瞳のタコさんを、
 包丁で切り刻まなきゃいけないんだよ……

 私が……

 いくら、
 お亡くなりになっているとはいえ……



 それでも、忠犬ワンコのように
 『褒めて!褒めて!』オーラ全開のお父さんに
 お礼を言わなくちゃ。


 私はなんとか、
 頬の筋肉を引き上げて笑顔を作った。


「お父さん、ありがとう」


「りっか~~~」


 私の笑顔がよほど嬉しかったのか、
 お父さんはまた、私に抱きついてきた。


「六花から離れろよ。
 せっかく、桃ちゃんがくれた浴衣に、
 親父の鼻水がつくだろ」


「わかったよ、一颯。 

 じゃ、俺も混ぜてもらっちゃおっかな。
 りっちゃんの誕生会」


「は? ダメに決まってんだろ?

 親父は自分の部屋で、
 小雪としゃべってろ」


 お兄ちゃんの
 トゲトゲ攻撃を受けた父。


 撃沈。


 どうやら、諦めてくれたみたい。


「はいはい。 俺の心の友は、
 どうせインコの小雪だけですよ……

 それなら、事務所に戻るか。
 仕上げたい仕事があるからな。

 じゃ、みなさん、ゆっくりしていって」


 お父さんは嵐のように現れて、
 いなくなった。


 その瞬間に、この場が急に静かになった。
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