白雪姫に極甘な毒リンゴを

 同じクラスではないことはわかるけど、
 同級生なのかも先輩なのかもわからない。


 ただ1つわかることは、
 女の子みたいに、
 目がクリッとして綺麗な顔をした
 男の子って言うことだけ。


「泣いてた?」


 その男の子からのストレートな質問に、
 あわてて目を拭いてうつむいてみたけど、
 もうばれているよね。


 コクリと素直にうなずいてみた。


「なんでも……ないです……」


「悲しいことって、あるよね。

 俺なんて、今朝遅刻しちゃってさ、
 みんなの前で『もう遅刻しません』って
 言わされたんだよ。

 恥ずかしすぎでしょ。

 昨日なんて、
 姉貴のピンクの自転車借りたらさ、
 駐輪場のおばちゃんに
 女の子と間違えられるしさ」


 私を笑わそうと、
 一生懸命しゃべってくれているのかな?


 目の前の男の子は、
 機関銃のようにしゃべり続けている。


「俺んちの犬なんかさ、俺にだけなつかないの。

 姉貴たちがあげるご飯は食べるのに、
 俺があげても絶対に
 一口も口にしないからね。

 散歩だって、俺が行ってやろうとすると
 その場にしゃがんで、
 1歩も動かないんだぜ。

 俺、なめられてると思わない? 
 飼い犬に」


 その話を聞いて、
 こらえきれなって笑っちゃった。


「良かった。赤城さんが笑ってくれて。

 もう1つだけ、
 俺の悲しいこと聞いてくれる?」


「はい」


 今度はどんな面白いことを
 言ってくれるんだろう。


 また、ワンちゃんとか
 出てきちゃうのかな?


「俺の気持ち、
 全く伝わってないことが悲しいんだよね」


 その男の子を見上げて、
 首をかしげてみた。

 
「わからない? 俺の気持ち」


 ん? 

 気持ち?

 それってどういう意味なんだろう……


「え……と……
 飼っているワンちゃんが……
 気持をわかってくれないってことですか?」


「そうじゃなくて!
 百目さんから聞いてない? 俺のこと」


 桃ちゃんから?


 聞いてなよね…… 多分。


 だって桃ちゃんは、
 男の子の話なんか滅多にしないから。


 するとしても、
 七星くんのことくらいだし……


「聞いてないと……思います……」


「そうなの?
 じゃあさ、俺のこと知っているよね?」


「ごめんなさい。
 私、男の子とかよくわからなくて…… 
 お兄ちゃんの、友達ですか?」


「違うし!!!
 一颯先輩とは、話したこともないし!!

 まっ、いっか。

 俺は1組の、五条 紫音
 (ごじょう しおん)」


 しおん? 

 どこかで聞いた名前のような……


「1組って……1年ですか?」


「なに? 俺のこと先輩だと思った?」


「は……はい。
 てっきり、3年生くらいかと……」


「え? 俺って、老け顔ってこと?」


「ち……違うんです……
 そんなんじゃ……ないです……」


 私が一生懸命、
 誤解を解こうとしていると、
 五条くんが微笑みながら言った。



「同い年だから、敬語は禁止。

 俺のこと、紫音って呼んでよ。
 俺も、六花って呼ばせてもらうから?」


 よくわからないけど、
 とりあえずうなずいてみた。

 
「あっ俺、部活に行かなきゃ。

 先輩たちにサボりがばれると、
 無駄にコートの周りを走らされるから。

 じゃ、またね。 六花!」


 いきなり私の前に現れた紫音くん。
 魔法でも使ってくれたのかな?


 七星くんのことで転覆しかけていた私の心を、
 穏やかな湖に浮かべてくれた。


 今度、お礼を言わなきゃな。


 それにしても……紫音くんの名前……
 どこで聞いたんだっけ?

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