白雪姫に極甘な毒リンゴを
今まで、お兄ちゃんとの約束を
破ったことなんて一度もなかった。
小5で言わされ始めてから、
男の子には目も合わせないし、
ニコリと笑ったりもしてない。
門限だって、ちゃんと守ってきたのに……
約束を破った私に、
悪魔お兄ちゃんが
どんな罰を与えるのかが怖すぎて、
私は木の後ろに隠れ、小さくしゃがみ込んだ。
お願い……お願い……
お兄ちゃんには、バレていませんように……
さっきまで、藁人形が欲しいと思っていたのに、
今は十字架を握りしめたい気分。
その時……
「六花、約束破るなんて、いい根性してんな!!」
木に手のひらをついて、
私を見下ろしながら、
ドスのきいた声を発するお兄ちゃん。
吸い込まれそうなほど、真っ黒で切れ長の瞳が、
私を睨みつけているんですけど。
ちょっと待って、六花!
冷静に考えてみて!!
私はただ、
お兄ちゃんにお弁当を届けに来ただけ。
『届けてくれてありがとう』って、
他の女の子たちに振りまいているような笑顔で、
感謝を言ってもらっても、いいくらいだよね。
私が怒鳴られるなんて、おかしいよね!
ちょっと強気モードに切り替え、
反撃を試みる!
「お兄ちゃんが、お弁当を忘れていったから、
わざわざ届けたんだよ!」
「は?届けろなんて、頼んでねえし!
それに、持ってくんじゃねえよ。
わざと忘れてったのによ」
ん? 聞き間違えかな?
お弁当を……わざと……忘れていった??
人としてどうかと思うお兄ちゃんの発言に、
ビックリしすぎて、口が動こうともしない。
「お前さ、朝ご飯にもたこ焼きを
食わせたくせに、
お昼もたこ焼きにすんじゃねえよ!」
「だってしょうがないじゃん!
作りすぎちゃったんだから」
「そんなにたこ焼きばっか食ってたら、
俺がタコになるじゃねえか!」
タコになる……?
その例え、意味不明なんですけど……
でも、お兄ちゃんがタコになったら、
橋の上から川めがけて、
思いっきり投げちゃうんだから!!
「でも、お兄ちゃんが食べてくれないと、
夕ご飯もたこ焼きになっちゃうよ」
「親父に食わせときゃいいんだよ」
「お父さんのお昼も、たこ焼きなの」
こんな言い合いをしているけど、
私も本当はわかっている。
お兄ちゃんに何を言っても、
無駄ってことくらい。
今までだって、
口喧嘩でお兄ちゃんに勝てたことなんて
一度もないし……
こんな時は、
すねることしかできない自分が、
悔しくてしかたがない……
「もういいもん!!
このたこ焼き、
カラスにあげちゃうんだから!!」